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ショートショート/「あと一歩」

東京大田区には古くからの町工場がたくさんある。熟練された職人たちが集まっている町といってもよい。

そして、あまり知られていない話だが、ここには信じられないような技術を持っている職人が何人もいる。例えば、金属の切断をレーザーやカッターで行うのではなく、木目(もくめ)ならぬ金属の持つ「目」を読み取り、その目に合わせて金属表面に衝撃を与えるだけでその金属の下面までを瞬時に切断する、といった技を持つ職人も現に存在する。

しかし、それらの技術は一般的な科学常識の範疇を超えているため、世に出ることはほとんどなく、一子相伝にすらならず、その技術を見出した本人一代限りで消えてゆく運命にあることが多い。

この町でまた、貧しいながらも、いくつかの斬新的な技術の開発にいそしんでいる2人の若者がいた。

「例のオペレーション、“エッグ・シェル”だが・・・」

「ああ、卵のカルシウムはそれを産んだ親鳥の食べ物に含まれるカルシウムと比べて桁違いに多い、ってやつか」
相槌を打った友人が答えた。

「そう、卵のカルシウムは一体どこから来たの?ってやつだ。やっと、完成の目途がついた」

「何、本当か!原子転換、って言ってたよな」

「そう、言ってしまえば世の中、原子転換だらけだ。草食動物の肉もそうだし、そもそも人間の体自体もそうだ。この世のあらゆる物体、事象の共通項を探ったら道筋が見えた。キーは各元素の原子核固有の周波数と、媒体に使用するシリコンとの波動共鳴だ。オカルトとも言われる「ラジオニクス」技術を究極的に発展させたものともいえる」

「・・・現代の錬金術か」
友人は遠い目をして言った。

若者は頷き、ダ・ヴィンチの『洗礼者ヨハネ』のごとく、顔の横に持ち上げた人差し指を上に向けると、優雅に円を描いた。
「あらゆる物質を意のままに創造できる。例えそれが金であろうと、プラチナであろうと」

「誰にも言ってないよな?」
友人が念を押した。

「当然だ。お前だけだよ。もし完成が近いと知ったら、どこかの企業や国家に横取りされる可能性もある。完全に完成した時点で、俺たちの名前とともに一気に全世界に公開する。既成事実を作るんだ。だから、今は完全に秘密裡に事を進めたい」

「オーケー、あとは試作炉を作るだけだな」

「そうだ。そして、その試作炉の中から、史上例を見ないほどの桁違いの億万長者が生み出されることになる。神の庭にたどり着く・・・、俺たちのことだ」

しかし、と若者は腕組みをして天井を見上げ、こう続けた。

「ただ一点だけ・・・、その庭にたどり着く前に、科学と論理だけでは何ともこじ開けられない厄介な扉がある」
「扉?」
「金(かね)だよ。無限の金を生み出すことになる試作炉・・・、を作るための、金」

若者はほどいた両手を頭の後ろで組み直して、独り言のように、ぼそっとつぶやいた。

「そいつを誰にも知られず、どうやって生み出せばいいのか・・・、どうしてもそこにたどり着けん」

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