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ショートショート/「宴の跡」

銀河連盟の惑星調査団に所属する宇宙船。

超高濃度の特殊塩水が張られたカプセルの中で、男はリラックスした表情で浮かんでいた。
カプセル内部に設えられたスピーカーから、女のくぐもった声が流れてきた。

「お湯加減はどうかしら?」
「文句ないね。仕事でなけりゃ、このまま水に浮いたまま一杯やりたいところだ」

スピーカーから笑い声が響いた。
「じゃあ、リラックスし過ぎて夢の国にさらわれない内に、仕事に入りましょうか?」
「やだねえ」

男は遠隔透視のスペシャリストだった。
すでに光速を超える惑星間航行を可能にしていた人類は、特殊な人間が有する超常能力を極限まで引き出すテクノロジーをも完成させていた。男は突出したリモートビューイング能力を有しており、その能力によって惑星間の鉱物資源、植物等の商取引のための事前調査を行う職務を与えられていた。未知の惑星に到着した際に起こり得る、予期しないリスクを前もって回避するためだ。

スピーカーから女の声が続いた。
「目標の惑星と調査領域の座標は頭に入っているわね」

「おやおや。3年近くバディを組んできた相手への言葉とは思えないね」

「女にとって、男なんてみんな子供だわ。特に身近にいればいるほど、ね・・・。OK、じゃダイブして」

女は空中スクリーンに浮かぶ男の脳の映像に目をやった。脳の映像は空中でゆっくりと回転しており、脳の各部位は時間経過とともにその色彩が変化していく。

男がリモートビューイングに入った後、それが単なる妄想や想像なのか、ビューイングによる確かな内容なのかは映像の色彩で確認できる。

女は色の変化を見て、男が正確なビューイングの知覚を開始したと判断した。
「着いたようね。惑星の状況はどう?」

「一面・・・、水だ。いや・・・小さな陸地もあるな。ただ、そこに動物らしきものはいない。植物そして昆虫らしき生命体はいる」

「ヒューマノイドは?」

「いない。見える範囲では。ちょっと近くを飛んでみる」

しばらくして、男が口を開いた。
「ダメだな。ぐるっと回ってきたがヒューマノイドはいない」

スピーカーから女の小さなため息が漏れた。
「じゃ、残念だけど今回は空振りね。虫さん相手に商売はできないわ。今日はこれで終わりにしましょ」

「オーケー。じゃ、早いとこ切り上げて一杯やろうぜ。あっ・・・」
「何?」

「ちょっと待ってくれ。水の上に突き出す何かがある」
「フォーカスできる?」
「大丈夫だ」

間を置かず、かすかに上ずった男の声が返ってきた。
「こ、これは・・・」

興奮気味に男が続ける。
「レポートの訂正だ。ヒューマノイドはいない、じゃない。ヒューマノイドは『いなくなった』、だ」

「どういうこと?」

「水の下に街らしきものが見える。色んな形の建造物、道・・・。
瓦解がかなり進んでいるが、恐らくこれはヒューマノイドが造ったものだろう」

「文明があった・・・、ということ?」

女は美しい形の眉をひそめた。

「間違いない。さっき見たやつも・・・。そう、やはり水に沈んだ建造物だ。頭だけが水の上に突き出ているんだ。水の下に何か文字らしきものが見える。俺がとらえたイメージをそっちのスクリーンに送る。確認してくれ」

「了解」

しばらくしてデータ着信のビープ音が鳴った。女は送られてきた映像に目をやると、腕組みをしながら首を傾げ、小さく言葉を漏らした。

「これは確かに・・・、どこかの古代文字のようね」

スクリーンを見つめる女の瞳には、輪郭が滲んだ複数の紋様が映っていた。

『TOKYO SKY TREE』

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