桜回線
~世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし~
古文で習った、この和歌の意味がまるで分らなかった。
なぜ桜がなくなると心が穏やかになるのか?
逆に、なぜ桜のせいで心が穏やかじゃなくなるのか?
先生は、私の質問に困ったような表情を浮かべながら答えてくれた。その説明は忘れてしまったが、しっくりこないという感覚と先生の困った顔だけがずっと記憶に残っていた。
「教授、いよいよですね」
助手の声で我に返る。会場は人で溢れ返り、3月なのにむせ返るような熱気が充満している。来賓の挨拶が終わると私は前に進み出た。スイッチを持つ手が震える。
「いよいよ日本の心と謳われた桜が復活します!
皆さん、一緒にカウントダウンをお願いします。
5、4、3、2、1、開花~‼」
頼む、咲いてくれ!
目を瞑ってスイッチを押すと、どよめきのような歓声が上がった。地中に張り巡らされた回線から信号を受け、桜が一斉に開花したのだ。ライトに照らされ薄桃色の花弁がふわふわと揺れる。
100年ぶりに復活した満開のソメイヨシノを目の当たりにして、高校時代の疑問が氷解するのを感じた。この桜は、狂おしい程に美しい。
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