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トラネキサム酸笑顔

香の顔には大きな火傷の痕があった。5歳の時に囲炉裏に落ちてしまったのだ。その火傷の痕を見られるのを嫌がり、快活で誰からも好かれた香は家に閉じこもるようになってしまった。両親は心を痛めていたが、どうすることもできなかった。

ある日、街から物売りにきた男衆の1人が、火傷の痕がきれいに治る薬が開発されたと教えてくれた。しかし、その薬は高価で貧しい農家に手が届くものではない。香を寝かしつけた後、母は不憫な娘を思って泣いた。父は怒ったような表情で、押し黙って考え込んでいた。

一月後、父は農作物を売りに街に出た。1週間ほどして帰ってくると、香を呼んで小さな瓶を取り出した。瓶にはトラネキサム酸とラベルが貼ってあった。それは火傷に効くというあの薬だった。父は香の顔に薬を塗った。赤黒い傷跡は心なし、色が薄くなったような気がした。
「これを塗り続ければ治る」
父がそう言うと、香はにっこり笑った。火傷をしてから初めての笑顔だった。父は自分の腹の手術跡をそっと撫でながら、静かに微笑んだ。



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