社会的存在としての企業

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昨夜、「牡蠣の森を慕う会」代表であり、京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授である畠山重篤氏著「人の心に木を植える」を読んだ。

キーワードは森は海の恋人。

森や湿地で落ち葉が腐葉土になると、フルボ酸ができる。
フルボ酸は地中の鉄とくっつきやすくフルボ酸鉄ができる。
これにより、鉄が沈殿することなく運ばれる土壌が生まれる。
それが雨などにより川に流れ、植物プランクトンに欠かせない鉄分が海に運ばれる。
その結果、いろんな生き物が海で棲息できる環境ができ、豊かな海になる。

つまり、世界を構成する色んな要素というのは、それ自体で成立したり、一対一の関係で成立するわけでなく、様々な要素が絡み合って成立するということ。

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こういった構造主義的な考えは企業でも言えると思う。

企業は取引先や従業員だけでなく、取引先の取引先や従業員の家族の存在とも繋がっている。
それが企業が社会的存在と言われる所以。

だから地域で起きることも大なり小なり、自社に影響しているし、自社で起きることも、何らかの形で地域社会に影響を及ぼす。

だからいくら自社が小さいからといっても、決して周りを無視していいわけでないと思う。

(もちろん、だからといって、何でもかんでも周りと歩調を合わせなきゃいけないとか、競争や外れたことはしていけない、というのは違うが。)

自分も企業組織の長として、その観点は忘れてはいけないと思う。

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