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松田青子の『女が死ぬ』を読みました。


読書感想文とかいうやつです


読みおわりましたので感想を綴りたく思いました。


いきまーす



・この本はいわゆる短編集を謳っているけど、どちらかというと短編の域を出ない自由律俳句みたいな感触に近かった。
これを薦めてくれた人も言ってたけれど、文字数制限のないTwitter風ノベルみたいだとは言い得て妙だと思う。

・だから文としてかなり読みやすい。もちろん短編らしい話もあるんだけれど、基本的にはインターネットに居れば居るほど既視感の感じるようなユーモアを放っている話が多かったです。
とはいえ話の内容はやっぱり小説としてまとまっているだけあるなというテーゼが込められた、筆者らしい味のする文がちゃんと詰まっていました。


・以下気に入ったお話の感想を投げていきます。



・ナショナルアンセムシリーズは割と心に残りました

・アンセムというのは、いわゆる「みんな知ってるような有名な曲」というような言葉です。クラブシーンでは良く掛かる人気の曲をアンセムって言って持て囃したりします。だからこの話で扱われてるナショナルアンセムとは、『国民的人気曲』とか、それぐらいみんな知ってる遺伝子のような曲の事を指しているのだと思います。

・この話ではそのナショナルアンセムが主人公になります。この、歌われている『歌』を主人公にする発想が斬新だった。

・手法としては単純な擬人法なんだけど、自分としては『歌』を主観に置くという発想がかなり面白く感じました。あまりにも馴染みすぎて歌ってても退屈を持て余すような曲を歌わされる経験には身に覚えがあります。(校歌とかね) 
でも、もし自分がその歌だったとして、自分自身が色んな人から退屈に思われてたらと思うと、これはかなりたまらない。歌を歌うという陳腐な構造が、視点を変えるだけで一気に関係性の濃度が上がってしまった。

・しかも、このナショナルアンセムは退屈過ぎて口パクをするような学生に恋をします。つらい片想いですね。一番振り向いてくれなさそうな相手に自分の矢印が向いてしまうのは片想いあるあるだと思います。

・内容はただ片想いを扱っているだけなんだけど、片想い癖のある人特有の弱々しい感じに、歌からの視点を混ぜ合わせることで、今まで見えなかった世界が開いていく感覚がします。この感覚が面白くて、心に刻まれているのかなと感じました。あと片想いに単純に同情する。


・『ボンド』もかなり良かった。

・自尊心でメシを食ってる女性が、ジェームスボンドをステータスみたいに扱うことで謎のハイソイズムを発揮する様子がかえって滑稽に映る話

・会話の雰囲気は、面白くもありながら同時に嫌らしさを孕むアイロニーを誘っていて、ゴシップやその類のコンテンツが持つ陰湿さをあらわにしているようだった。

・様々な人の目を惹き、時には憧れや目標にまでなったりもするファムファタールという存在の神秘性をぞんざいなノリで掻き消し、彼女らを急激に陳腐な存在へと格下げて皮肉なコメディに仕立ている。

・彼女たちみたいなステータスのマウント、何らかの優越感を持て余しているからやるのかな。
たぶん優越感に対する承認との比率がアンバランスな状態だとこうなると踏んでいます。
彼女たちは人から注目を集める存在だけれど、それは同時に承認欲求のバケモノでもなければそうなりえないんだろうと思う。だからこうやって周りとの差とか自分のステージの高みをいちいち相対化して、承認欲求を求めるのだとおもう。

・でも、自分にもこういうイキリの心あたりが色々ある。これはそういう人格というより、成果に対する悶々とした足りなさが引き起こしてるので、ほぼ本能と一緒だと思ってる。気をつけててもやる時はやっちゃうので、回数が少なくする努力をこころがけています。



・この本の冒頭を飾る『少年という名のメカ』も同じく皮肉が効いてて面白かった。
ただ、一見斬新なように見えたけど読んだ時に何故か既視感がありました。

・この既視感の正体は、有名なまおゆう系SSの、(ドラクエ風JRPGの設定に則った世界観で魔王や勇者パーティが色々絡んだりするSSジャンル)「魔王倒したし帰るか」って作品だと思う。


・この箇条はめちゃくちゃなネタバレになるんですが、このSSの内容は、魔王を倒しボロボロに痩せこけた勇者が凱旋するものの、勇者自体は全く嬉しそうにせず、すごいニヒルな性格になって帰ってきたという話でした。
オチは、勇者は僧侶の魔法が宿った肉体を直接食す事で無限に回復する能力を得て、人間並の力しかないにも関わらず何度も身体が千切れながら再生を続け、最終的に強大な魔王を打倒したが、それによって狂った廃人みたいになってしまったというグロテスクなもの。

・つまり言いたいことは、こういう、ゲームやフィクションでごまかされがちな「ウソの表現」を現実に即して詳らかにし、その行間において省略されていた生々しさの前に現実の露悪性を自認させてきたなって事です。
タイプとして絶対数こそ少ないものの、然るべきジャンルを漁ったり、例えばセンセーショナルさが謳われている作品なんかを見るとそれなりに散見される。

・でも、だからといってこの話が陳腐なわけではなく、この話の面白いところは、「少年」という人当たりのいい未来の存在を、彼の行動によって狂わされた人間たちの心情へと焦点を当てる事により、心理的主観においての露悪を引き摺り出しているところだった。
・悪として書かれた少年の対抗馬として、大して役に立たない地味なうんちみたいな少年をヒーローにするという手腕はかなりおもしろい。斬新だなあ。



・そしてこの本の短編にはこういった、視点の置き方が巧妙な話がずっと連なっている。なので、この短編集のキモでもありながら最も多く扱われていたテーマでもある、女性のジェンダーロールの話が特に光っていた。

・ブックタイトルでもある『女が死ぬ』や、『男性ならではの感性』、『あなたの好きな少女が嫌い』などでも、一貫して主観の置き方が良い。
読者というのは常に主観として描かれる人間の気持ちにならざるを得ないので、“自分の身になって考える”という部分でもジェンダーロールのお話と相性がいいのかもしれない。


・ここで少しだけジェンダーロールの話をします。


・この論争の核というか、難しさにあたる部分は、それが客観を重視しているのではなく、主観を重視しているというところにあると思っている。

・主観というのはむずかしい。何せ主観を一番理解できるのは、主観視点の存在だけなのだから。
だから、例え置かれている状況が同じだとしても見ているものや感じているものが全く違ってしまう。価値、財産、感情の共有というものが非常に不安定になる。
当事者意識をある程度共有しやすい人権だとか人種みたいな、比較的大きい主語を持つ問題とは違って、ジェンダーロールというのは、男女で分かれている以上理論的には50%以上の当事者が存在しない。
そして、性別の隔たりというのは人種以上に大きいものなので、本気でぶつかろうとすると自らが持つ性別のアイデンティティや常識そのもの疑わなければならなくなる。非常にカロリーの高い試みなため、これを真面目に取り組む人だってそんなに多くないだろう。

・だからこそ、ジェンダーロール問題の具体例を客観で括ろうとすると、一見ワガママの積み重なりのように思えてしまうのだろうか。
(これはあくまで男として生きてきた自分の感覚ですが)

・それはいわゆる主観的な嫌悪から来る感情が問題になるため、論理性や理屈の不合理を嫌疑する前世紀の論題とは事情が異なってくる。
感覚を共有しがたいため、「感情」という論拠のあやしいエビデンスを最初から捨て去ってしまうのだろう。
主観で見れば納得するものも、客観で見た瞬間に解せないものとなって変化してしまう

・この単純ながら歪である視点のねじれこそが、ジェンダーロールというものの理解の難しさにあたるのだろうと自分は思っています。

・この潮流はいわば人の権利という限りなくマクロな社会的抑圧への反抗から、日常に根差す社会的抑圧への反抗というふうに、ミクロへと収束していってるとか、そういう難しい考察もできんくないですが蛇足になるのでやりません。

・そういう意味でいうと、この本で扱われてるジェンダーロールのお話は、いわゆる「主観視点を体感する」という経験においてかなり一助になりやすいんじゃないかと思った。

・女性の立場に立つと言っても、典型的な男性が自分の力だけで女性の側に立つ場合、「まず女性が感じる日常とは何か?」というのを自分で感じない以上は寄り添い得ない。

・髪を伸ばし、化粧をし、見た目を磨き女性がよくするコミュニケーションを体得して日常を過ごす、またはそういう日常を限りなく正確にシミュレーションをする。
そういう地味な生活の積み重なりを経てやって見えてくる何か。そこが論争になっているから。だから単純な共有は出来ても、怒りや悲しみといった大きな感情を覚えるエンパシーに行くまでが難しい。でも解決へ歩むのなら、エンパシーは欠かせないでしょう。

・自分はまあ少しだけそういうシミュレーションをやってみたから分かるんですが、大変すぎます。ぶっちゃけ万人向けじゃないアプローチなので


・だけど、フィクションならそれが容易に出来る。
フィクションには、自分ならば手も届かないようなファンタジーの世界を主観視点で体験できる強みがあるからです。だからこそみんな、体験してみたい主観を求めて好奇心をフィクションの上で踊らせるんじゃないかなあとおもっています。

・なので男性にとっては、自分の知らなかったすぐ横の世界の生々しさを覗いてみるという意味でも、この短編集はかなりオススメなように思いました。
自分で接近するには大変でも、誰かの手で我々読者を「女」にしてもらえば簡単に女性の主観が体験できるからですね。
先ほども言ったように、この作者は視点の置き方がうまいし、文章もかなりあっさりとテンポ良くまとめられているので、「うへぇ〜」とする辟易しちゃいそうな話も間伸びせず呑み込めます。

・もちろん、性役割とか何も関係ないコミカルな話もいっぱいあります。
特に最後の著者ひとことコメントなんかは味があっておもしろいから是非読み切ってほしい



というわけで感想文でした

短編集としてもいろいろ面白い構成の話がおおかったので、本を知るという意味でも中々目新しくておもしろかったです

ちなみにパンは本当に長い


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