【勉強法】繰り返しが必要、もう聞き飽きた?【効率】

 おはろん。しらすです。

 勉強法を探るときに必ずというほど効率を重視すると思う。

 しかし、世の中は甘くない。多くの勉強法では「何度も何度も繰り返すのが大事」といったように「繰り返し」とか「何度も」とか明らかに時間がかかるようなワードが並べられている。

 効率を重視している身からすれば「もっと効率良い勉強方法あるんじゃない?」そう思うほかないはず。

 さらに言えば、勉強できる人、頭がいい人が近くにいると何となく「勉強してるように見えないのに...。」なんて思うこともあるだろう。

 今回の記事では、何故繰り返しが大事なのか、そして勉強ができるようになるイメージを「解像度」という少し奇妙なワードを用いて考察していく。読者のみんなも、想像しながら聞いてほしい。

 解像度とは?

「解像度」とは、画像の鮮明さを指す言葉である。これが低いとその画像は粗いということになる。

画像1

 勉強ができるようになるイメージは、この「解像度」をどんどんあげていくイメージに近いといい、というのが今回する話だ。

 算数を初めて授業で習う時を思い浮かべてみよう。初めて数字に触れる人もいるため、数字という記号を、例えば積み木の数と照らし合わせて覚えていくはずだ。
 そして指を折ったら数を1から順番に数えられるようになり、学年を追いながら四則演算ができるようになり、その応用である割合や図形の面積、速度などの計算ができるようになって、最終的には微分、積分まで行くかもしれない。

 ここで考えてみてほしい。 足し算や引き算を初めて習う人が1発で全ての足し算や引き算ができるわけがないと。割り算を習ってから、すぐには分数という概念を受け入れられないだろうと。

 掛け算の九九だって、一度ですべて覚えたわけがない。

四則演算

 そこで初めて「繰り返す」ことの意味が出てくるわけだ。

 何度も何度も九九を唱えて、漸く九九を何も見ずに言えるようになる。その感覚を忘れてはならない。初めて唱えるときは詰まったり、思い出そうとしても忘れてしまっていて、これを解像度が粗い状態としている。

 そして九九を唱えて覚えていく作業が、解像度を上げることとなっていくわけだ。そうすると九九の全貌が見えてくる、つまり画像がよりはっきりと見えるようになるのだ。

 解像度はいくらでも上げられる

 しかし、解像度というのは人間がはっきり物を視認できる状態からでも理論上は上げることができる。

 これは九九を暗唱できるようになった後の話で、暗記してからでも勉強はできますよ、という話だ。

 例えば、九九を覚えたところで、掛け算の概念を理解したとは言えないし、足し算との差異をどうつけるかといったところまでは中学生になってから(文字式や方程式の概念を知ってから)考える人も多いわけだ。

 そういった根本の話や定理の証明など(解像度をさらに上げる操作)は、ワークや参考書の問題ができるようになってからでいい。

 テストでは、ある程度の解像度の高さを持つ画像をいくつ持っているか、つまりテスト本番にいくつ引き出せる知識を持てるかが大事なのだ。

 なので、勉強する中で分からなくなってしまったら、勇気をもって一旦飛ばして次の分野、次のページに進もう。そしてもう一回読むときに少しだけじっくり読む。これを繰り返して、教科書やワークを読めたり解けたりするようになったりするのだ。

より分かりやすい具体例

 これで今回話す「解像度理論(ごり押し)」は終わりだが、より具体的な例を出して理解してほしいと思い、この欄を作った。

 一旦ここまで言ってきたことをまとめておく。

 ・勉強ができるようになるイメージは、解像度が上がるイメージ
 ・解像度とは、画像の細かさ。大きいほど鮮明に見える。
 ・勉強を繰り返すとだんだんその問題や分野についてわかってくる。
 ・繰り返さないと解像度が上がらない。

 このような特徴がある。つまり、繰り返すことで教科書やワーク、問題文が読めるようになり、理解が早まったり安定してテストの点数を取れるようになる。

 ここからは、具体例の話をしよう。数学と社会で例える。他の教科もほとんど同じ感覚だと思われる。

 数学の例

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