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大同小異

何を書こうかなとぼんやり斜めに見上げたら、左側を見ていた。
左側にあるものは「過去」。私は過去に意識が向いているんだなと気づいて右、斜め上に視線を向ける。なにか書きたいことはないかと考えていると、ベランダの先からがささがさががさ、とすごい音がした。今日は強風で、確かに洗濯物がよく乾いた。そんなことはどうでもいいんだけど、がささがさががさ、の犯人はマンションのお隣さん。ベランダに置いてあるビニール袋の音だ。そういえば非常扉の下からビニール袋が飛び出していた。

そうだ、お隣さんのことを書いてみよう。

    +

お隣さんはどうやら“人嫌い”らしい、と気づいたのはわりとすぐだった。
新築マンションに同時期ぐらいに入居して、引っ越しのご挨拶が一方通行だった。
夫婦ふたり暮らし。それはこちらと同じ。年齢は5~10才ぐらい上かな?と見ているけれど向こうもそう思っているかもしれない。

旦那様は寂しそうで、不機嫌そうで、暗い印象を与える人だ。でも喋れば優しく、ダンディな方だったりする。
一方、奥様とはこれまでただの一度も目が合ったことがない。これはすごいことだと思う。偶然、玄関のドアを同時に開けたとしても、エレベーターの前で一緒になっても、駐車場で会っても、帰宅時間が重なってもだ。「こんばんは」とか「おはようございまーす」とか「今日〇〇ですね」とかちょっとした会話をこちらから仕掛ければ、明るい声で返答がくる。けれど絶対に目を合わせないし、話を発展させない。

ここまで徹底した人に私はこれまで会ったことがない。とはいえパート的なお仕事はしているようだし、休日ともなれば旦那様と一緒に登山(だと思うんだけどキャンプかもしれない)したりとアクティブだ。

だからこそ、
このマンションに来る前にこの奥様にいったいなにがあったのだろうかと、こっちの想像力をかきたてる!

旦那様はイントネーションが地方のそれではなく整っているので東京方面の出身じゃないかと推測できるのだけど、奥様はたぶん、地元の人だ。ということは転勤族を経てのマンション暮らしかもしれず、どこかの土地でなにか嫌な目にでも遭ったのだろうか。そういえばこの15年、お隣に誰かが訪ねてきた記憶がない。ご夫婦共にお友達を連れて帰ってきたこともない。親戚すら見たことがない。在宅ワークの私の部屋は玄関のすぐ前で、廊下の音は嫌でも耳が拾う。でも、私が知らないだけだろうか。

未だ、謎だらけのお隣さん。
“人嫌い”というのは仮の姿で、まさかの駆け落ちカップルとか、GREENみたいな覆面有名人とか、なにかドラマチックな事情が存在するのだろうか。はたまた整形し顔を変えた時効を待つ犯罪者とか?
それとも単純に、夫婦ふたりでの暮らしが大好きで誰にも立ち入られたくないだけなのだろうか。
なんにしても気になるところだ。いつか真相を聞き出せる日が来たら答え合わせをしてみたい。――いや、たぶん、そんな日は来ないだろうけど。なんてことを考えていて、ふと視点を変えてみた。

まさか、お隣さん夫婦も私たち夫婦について
「隣の夫婦ってなんかへんじゃない?」と言っている可能性はないのか?
自分の常識は他人の非常識ということはよくある。
お隣さんのスタイルは、お隣さんにとって「普通」で、平凡な、どこにでもいるありふれた夫婦だと感じている私たち夫婦の方が、ずっとずっと変わり者として映っているかもしれない。

他人のことと同じくらい、
人間は、自分の事がよくわからないものだ。

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