44鍼灸小説「道案内のシンシン」:ぼったくりBAR
「ただいまぁ・・・」
「比呂殿おかえりでござる」
「痛てててて、ちょっと横になるね」
「どうしたでござるか?変なものでも食べたでござるか?」
「いや、カレーを食べただけだよ…」
近くのBARがランチにカレーを始めていたのを発見した僕は、すぐさまそのBARに入った。
お昼時だというのに客は誰もいない、一抹の不安を覚えつつ
「ランチカレーください」
と注文した。
「お飲み物はどうなさいますか?」
「あ、水で結構です」
と言うと、BARの店員はわかってないなぁ~という顔をして
「うちはワンドリンク制なんで何か頼んで頂かないと」
と顎髭をジョリジョリと触りながら言った。
(ランチでワンドリンク制って珍しいな・・・)
ランチのカレーが700円だったので、仕方ないか…と思い
「ソフトドリンクって何がありますか?」
と店員に尋ねると
「コーラ、オレンジジュース、コーヒー、あと炭酸水があります。」
「じゃあ炭酸水で!」
と注文をした。
5分ほど待つと
炭酸水とカレーが出てきた。
(可もなく不可もなくといった感じだなぁ・・・でも700円だしこんなもんか)
などと思いながら食べ終わり
「お会計お願いします」と言った。
カウンターにスッと出された値段を見て衝撃が走った。
『1,430円』
思わず一度目を擦り、もう一回見直した。
やっぱり1,430円と小さな紙の切れ端に書いてあった。
(ん?700円のカレーだよな…炭酸水も同じくらいするってこと?)
疑問に思いながらも小心者な僕はそそくさとお金を払い帰ってきたわけだ。
そんな一部始終をシンシンに話すと
「炭酸水って100円くらいなのに!これが噂のぼったくりBARという奴でござるな!許せんでござる。拙者がBARごと真っ二つにしてくるでござる!」
と、愛刀とうがらしを高らかに挙げ家を出ようとした。
「わぁ〜、待って!待ってシンシン!それはいくらなんでもやり過ぎだよ!」
慌てて止める僕。
するとシンシンはピタッと止まり、こちらを振り向いた。
「そうであった、成敗の代金交渉をするのを忘れていたでござる。今回はBAR真っ二つコースと大掛かりでござるから丸ごとバナナ六つで請け負うでござるよ!」
(なんだよ真っ二つコースって、しかも丸ごとバナナ6つって、ぼったくりじゃないか…)
「成敗なんてしなくていいよ…」
と僕が小さな声で言うと
「かぁ〜お主は騙されたと言うのに、何にも言えずメソメソと帰ってきて情けないでござるな!」
とシンシンは怒り出した。
(メソメソしてるんじゃなくって胃が痛いんだよ)
と思いつつも喧嘩する元気もなく
「成敗はしなくていいから、コンビニで丸ごとバナナ二つ買ってきてよ」
と、シンシンに小銭を渡した。
すると
「さすがは比呂殿!ぼったくりBARを懲らしめるどころか、寛大な心で許すとは!まさに治療家の鑑でござるな!」
と言いながらシンシンはスキップをしながら家を出て行った。
数分後
「ただいまでござるぅ〜♪」
鼻歌混じりでシンシンが帰ってきた。
「比呂殿は胃が痛いんでござろ?今日は拙者がコーヒーを淹れるでござる」
「あぁありがとう」
僕はシンシンがコーヒーを淹れている間に丸ごとバナナを一口大にカットしようとした。
「いいでござるよ!比呂殿は胃が痛いんでござるから、拙者が全部用意するでござる!」
何故か優しいシンシン。
「ありがとう、助かるよ」
しばらくするとコーヒーの良い香りが立ち込めてきた。テーブルにはカットされた丸ごとバナナが皿に盛られていた。
「いただきま〜す。はぁ美味しいぃ。この2人分の丸ごとバナナとコーヒーでも600円くらいだもんね!まったく700円の炭酸水だなんて信じられないよ!」
ストレスが溜まった時は甘いものに限る。
さっきまでの胃の痛みが嘘のように消えていた。
治療では患者さんに
「甘い物を控えてくださいね!」なんて気楽にアドバイスしていたけど、ストレス発散で甘い物をを取っている人にとっては無理難題なのかもしれない。
そんなアドバイスよりも、甘い物で紛らわせたくなるような強いストレスを抱えていることに気づいてあげることが大事なんだと反省した。
そんな事を考えていたら何やらシンシンがボソボソと話ていることに気がついた。
「うそ…ボソボソ うそ…ボソボソ」
「ん?何?」
「うそを…嘘をついたでござるな…胃が痛いと言っていたのにペロリと丸ごとバナナを食べるとは…」
凄い勢いで丸ごとバナナを完食していた僕にシンシンは目を潤ませていた。
おそらく僕が胃を痛がっているから丸ごとバナナを残すと思っていたのだろう。かと言って大きな声で責め立てることもできずボソボソと文句を言うことしか出来ないシンシンだった。
つづく
シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂 (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)