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26鍼灸小説「道案内のシンシン」: ギックリ腰②

「今朝から家のこと何もしてなくって…」

高井さんは腰を押さえながら座りこんだ。

部屋を見渡すと、散らかっているのは娘さんの人形や🧸おもちゃくらいで、他は綺麗に整頓されていた。

「今の状態じゃ無理ですよ。もう一度横になりましょう」

「先生そしたら、そこの引き出しに痛み止めが入ってるんで取ってもらえませんか?」

「まだ結構痛みますか?」

「いえ…じっとしていれば痛くないです。このくらいの痛みなら、薬を飲めば何とか動けるんで…」

どうやら高井さんは今までも痛み止めを飲んで無理やり動いていたようだ。

『痛み止め』

この危険な言葉は、厄介な事この上無い

痛みを消してくれる魔法の薬のように勘違いして使っている人、その場凌ぎと分かっているものの問題を先送りにして繰り返し使っている人がいる。

痛み止めの常用は必ず後々に大きなしっぺ返しが待っている。

できれば痛み止めなどという呼称ではなく『大事な瞬間だけ痛みを一時誤魔化す薬』と呼んで欲しいくらいだ…

「ダメですよ!今の状態で無理をしたら、どんなに治療しても1週間は動けなくなっちゃいますよ!」

と僕は必死に高井さんを説得した。

「娘さんの保育園へのお迎えは何時ですか?」

「今日は6時に母が迎えに行ってくれます。私は夕方からお店なので…」

「明日も仕事ですか?」

「明日は昼からパートで、夜は休みです」

「では今日の夜と明日の昼はお休みして何とか身体を回復させましょう」

僕はこのまま放置したら高井さんは無理にでも動いてしまうと思い、回復計画を伝えた。

「え〜でも…休めません…」

と高井さんは首を横に振った。

「世の中に休めない仕事なんて無いんですよ。それに仕事場で再発したら周りに迷惑かけちゃいますよ!」

高井さんのように責任感の強い人間の場合、単純に休めと言っても休んでくれる事は滅多にない。こういう時は、今よりもっと酷い状況を想像させ、周りに迷惑がかかると言ってあげると意外と素直に言うことを聞く。

高井さんはしばらく沈黙し、わかりました…と小さく頷いた。

「では、ちょっと待ってて下さいね」

僕はそう言って近くのスーパーで鉄分の入ったヨーグルトと棗(なつめ)を買ってきた。


西洋医学的に貧血改善には『鉄分』
東洋医学的に貧血改善には『赤い食べ物』が良いとされている。


その中でも棗は古くから筋肉の痛みや疲労回復などに使われてきた。
僕は鉄分入りのヨーグルトにナツメを刻んで入れ、軽く混ぜて高井さんに手渡した。

「これを食べて、ちょっと寝ましょうね」

つづく



シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)