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鍼灸小説「道案内のシンシン」〜その35:物件探し③

物件探し三日目

今日は鷺沼駅近くのマンションの内見。

僕は物件を見るとき真っ先にポストをみる癖がある。

以前、今住んでいる物件の内見に行った時

隣の家のポストにガムテープが何重にも貼られ

【チラシ入れるな!】

と荒々しい字で書いてあった。

当時の僕は、少しだけ違和感を感じつつも

深く考えず家を借りてしまった。

引越した日、隣にお菓子を持って挨拶に行ったが留守だった。

翌日、80歳くらいのお婆さんと玄関で鉢合わせになった。

「あ!こんにちは。隣に越してきた者です。ちょっとお待ちください!」

と言って挨拶のお菓子を手に取り外に出ると

そのお婆さんは、いそいそと家に入ってしまった。

インターホンを鳴らすも、出てこないので

トイレかな?と思って日を改めることにした。

引越して数日後、キッチンの水道の調子が悪くなり修理屋さんに来てもらった。

その際、修理屋さんが間違って僕の家の水道と一緒に隣の家の水道の元栓も止めてしまった。

隣人のお婆さんは家事の最中に水を止められたことにブチ切れて家に怒鳴り込んできた。

僕も修理屋さんも慌てて謝り水道の元栓を元に戻した。

その数分後、キッチンから悲鳴が聞こえた。

「うわあああああ」

慌ててキッチンを見に行くと水が噴水のように溢れ出ていた。

「すみません、お客さん!水道の元栓見てきてくれませんか?」

と修理屋さんが蛇口を抑えながら叫んだ。

外に出て水道の元栓を見ると、なぜか開いていたので直ぐに閉め家に戻った。

「なんか開いてました…」

修理屋さんは首を傾げながら作業を再開した。

ブシュァーーーーー

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「わーー」

またしても水が溢れ出てきた。

慌てて外にでると、隣のお婆さんが

水道の元栓を開けていた。

「え…ちょっと…すみません。」

「あんた達だね、家の水道に変な粉を入れているのは!」

「は?」

「私には分かるんだよ!」

「いや今水道の修理中なんで、そこイジらないで頂けますか?」

お婆さんはブツブツと独り言を言いながら家に帰っていった。

その後、水道修理は無事終わり修理屋さんが帰った後ビチョビチョになった床を掃除していると

インターホンが鳴った。

ドアを開けると隣のお婆さんが小さな犬を抱きかかえて立っていた。

グルルル

犬は牙を剥き出して唸っている。

「えーっと、どうしました?」

と僕が聞くと

「あんたは良い人そうだから、今からでも遅くない!足を洗いなさい。」

とお婆さんはヒソヒソと声で話した。

「へぇ」

僕は意味がわからず、曖昧な返答をした。

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「さっきの緑の服着た男は、悪の手先なんだよ。水道の中にピンクの粉を入れてるんだ。

ほら見てみなウチの可愛い花子がピンクの粉まみれになってるだろう」

と抱えた犬を僕に見せてきた。

(どう見ても皮膚炎だと思うんだけど…)

「グルルルル」

犬の花子は今にも噛み付きそうなくらい警戒している。

「痛々しいですね…」

僕は適当に返事をした。

「いいかい、悪に染まっちゃいかんよ!」

と吐き捨てるように言うとお婆さんは帰っていった。

(なんだったんだ…)

それからが大変だった。

お婆さんのピンクの粉妄想は日々エスカレートして、僕の所だけでなく反対隣や上の階の住人にもクレームを入れ始めた。

時には揉めに揉めて警察が来たこともある。

警察沙汰になったことで、さすがの大家さんも重たい腰を上げた。

遠方に住む息子さんと連絡を取り、1ヶ月後に引っ越していった。

恐らく認知症だったのだと思う。

たったの1ヶ月だったが、ストレスのため眠りが浅くなったり胃が痛くなったりと身体に不調が起こり始めていた。

隣人トラブルは本当に恐ろしい。

…とまあ、そんな事件があったせいで

ポストにガムテープが異常に貼っていないかどうか確認する癖がついてしまった。

用心に越したことはない。

つづく





シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)