鍼灸小説「道案内のシンシン」〜その9:ダブルハピネス
「いらっしゃいませ!なんだ比呂か」
僕はマッサージ院の朝の準備を終えたあと
センター南にあるダブルハピネスダイニングに向かった。ここは叔父が営んでいる中華料理屋だ。
「え〜っとチャイニーズキーマカレーにフワフワ卵トッピングで!」
僕はカウンターに座って注文をした。
叔父の店は中華料理屋と言っても多国籍なメニューが多い。浅草の有名中華料理店で修行した後、ロサンゼルスで中華店を任され
その後、東南アジアを料理の研究と称して旅していた変わり者だ。
このワールドワイドな経歴が中華の枠に収まらない様々なメニューを生み出しているようだ。
その叔父が昨年センター南でお店をオープンさせ、ぼくはここのキーマカレーが大好きで月2回のペースで通っている。
「OK、いつものね!」
そう言うと叔父は手際よく中華鍋を振り始めた。
「叔父さん、月2で通う僕って常連って感じかな?」
「うちの店で常連気取りたかったら最低週1は通わなきゃダメだな!毎週2回は必ず来てくれるお客様だっているんだぞ!ほいっ!これサービスのサラダ!」
と言ってナスとパプリカのサラダを出してくれた。
「ありがとう!月2じゃ、まだまだ甘ちゃんってことかぁ〜」
そう言いながらサラダを受け取った。
「で、今日は仕事休みか?」
「ううん今朝仕事辞めてきた。」
「あの学芸大の治療院か?」
「いや…センター北のマッサージ院…」
「ん?なんだ?そりゃ?比呂は仕事が続かね〜なぁ」
店内にカレーの香りが漂い始めた。
今はお昼時間少し前のせいかお客さんは僕1人だ。
もしメニューで悩んでるお客さんが、この香りを嗅いだら十中八九、カレーを注文するくらい食欲をそそる良い香りだ。
僕は鼻をひくひくさせカレーの香りを楽しみながら「やりたい事と違ったんだよね…」と呟いた。
「やりたい事があるなら自分でやればいいじゃねぇか!はいチャイニーズキーマカレー・フワフワ卵付き!」
相変わらずの地獄耳である。
「自分でやるって言っても、そんな簡単な事じゃないよ…」
僕はボソボソ言いながらカレーを受け取った。
「でも人の下じゃ、やりたい事やれねぇんだろ?」
「うん…でもまだまだ勉強不足だし…」
「開業したって勉強は出来んだろ?」
と間髪入れずにツッコむ叔父。
「教わる人がいないって状態も不安だし…」
僕は小さな声で反抗した。
「お前は教わる気がねぇから、すぐ辞めたんだろうが!」
こう言う時の叔父は、めちゃくちゃ短気だ。
「でも…」
僕はカレーと卵をスプーンでイジイジと混ぜながら呟いた。
「でもじゃねぇ!さっさと開業しろ!」
叔父は口調を荒げた。
僕は黙ってカレーを口に運んだ。
「へい!いらっしゃい!何名様で?」
12:00を過ぎ、近くの会社の人達が店に押寄せてきた。
「4名です」
「では、そちら奥のテーブル席でお願いします」
「へい!いらっしゃい何名様?」
「6人です」
「では手前のテーブルにお願いします」
「へい!らっしゃい!」
あっという間にカウンター以外の席が埋まっていった。まだ続々お客さんが入ってくる。
「おい比呂!忙しくなってきたから会計は無しでいいぞ。餞別だ。仕事のことよく考えろよ!」
と叔父は野菜を包丁で鮮やかに切りながら言った。
叔父は厳しくて怖いが、いつも最後は優しい。
僕はご馳走様と言って店を出た。
店内はカレーの注文が殺到していた。
つづく
シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂 (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)