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32鍼灸小説「道案内のシンシン」:さよなら

ドサッ

僕はショックのあまり丸ごとバナナを床に落とした。

え、どういうこと、出て行っちゃったの・・・

シンシンとは、もう会えないの?

僕は慌てて家を飛び出し、シンシンを探した。

(やだよ、シンシン、)

どこを探してもシンシンは見つからなかった。

トボトボと家に帰り椅子に腰掛け頭を抱えた。

「僕は馬鹿だ・・・」

今になって重い病気のフリをしたことを後悔した。

もしかしたらシンシンは今まで大切な人を何人も失ってきたのかもしれない。

神様なんだし・・・

シンシンには寿命がなくても人間には寿命がある。

繰り返し人の死を見るなんて辛いにきまっているし、僕の死んだフリでパニックになるくらいだから心に傷を負っていたのかしれない。

きっと朝の様子で僕が病気のフリをしていることに気が付いて怒って出て行っちゃったんだ。

「僕は馬鹿だ・・・」

涙がポトッと床に落ちた。

ポトッ

ポトッ

一人っきりの静かな部屋に

涙が床に当たる音が響いた。

ポトッ 

ポトッ

涙が止まらない・・・

ポトッ ボトッ ポトッ ボトッ



ボトッボトッボトッボトッボトッボトッ

(ん?何の音だ?)

ボタボタと雫の落ちる音に天井を見上げると

そこには忍者みたいに天井に張り付いたシンシンがいた。

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雫の正体はヨダレだった。

「くぅーバレたでござる」

「え?何やってんの?」

僕は混乱して、素っ頓狂な質問をした。

「こんなに丸ごとバナナを見つめて我慢したのは初めてでござる」

「え?どういうこと?」

シンシンは天井からシュッと飛び降りると、ティッシュで涎を拭き取った。

「ドッキリでござるよ!ドッキリ!」

「ドッキリ?」

僕は涙を拭いながら、混乱した頭を整理した。

「じゃ、じゃあ怒ってないってこと?」

「そりゃ朝に比呂殿の様子を見て、嘘に気づいた時はイラッとしたでござるが、ドッキリにはドッキリで返すのが礼儀でござろう?拙者の好きなYouTubeerが言ってたでござる!」

(YouTubeerって)

「とにかくお主はコーヒーをドリップするでござる!」

「う、うん」

僕は急いでコーヒーと丸ごとバナナを準備した。

「くぅ〜我慢してた分だけ美味しく感じるでござるな!」

あっという間に丸ごとバナナを平らげるシンシン

「ほら比呂殿、もう一個カットして持ってくるでござる!今度は仲直り丸ごとタイムで半分個するでござるよ」

「オ、オッケー」

僕はもう一個の丸ごとバナナをカットして机の上に置いた。

「シンシン、ひどい嘘ついてゴメンね」

「拙者、そんな小さな事では怒らないでござるよ」

とシンシン。

僕はシンシンの器の大きさに安堵し丸ごとバナナをパクパクと食べ始めた。

「あ〜美味しい。なんかドタバタした後だから、いつもより美味しく感じるね!」

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するとシンシンはプルプルと震えはじめた。

「お〜ぬ〜しぃ〜、端っこを二個食べたでござるな〜」

「あ、ごめん。」

端っこルールを忘れ、うっかりクリームの多い端っこを二つ食べてしまった。

「シンシンはさっき丸ごと一個食べたんだからいいでしょ。」

「いいわけないでござる!」

シンシンは鬼のような形相で僕の頭目掛けて刀を振り下ろした。

僕は間一髪、寸前のところで刀を止め

心の中で叫んだ。

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(全然器大きくないじゃないか〜)

つづく









シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)