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16鍼灸小説「道案内のシンシン」:閑古鳥

開業してから3週間が経った。

「あ!シンシン半分個って言ったじゃん!」

「ん?拙者ちゃんと三個しか食べてないでござるよ」

僕らは節約のため丸ごとバナナを半分ずつ食べることにしていた。

いつもは僕が六等分して

右から三つ、左から三つと皿に分け、シンシンがどちらかの皿を選ぶという

非常にフェアな半分個ルールを我が家では採用していた。

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分けた人に選択権が無いというのがミソである。

これならカットするほうも真剣に半分に切るからだ。

以前シンシンにカットさせたら6:4くらいで切って僕に4のほうを渡してきて喧嘩になった事があったのでルールを設けたのだ。

今回、僕は六等分にカットしたものの大きな皿に全部を盛ってしまった。

するとシンシンは両端のクリームたっぷりな部分を二つ食べてしまったのだ。

(なんて卑しい奴だ…)

とはいえ考え事をして二つの皿に分けなかった僕も悪い…

考え事というのは

この三週間の鍼灸院比呂の売上のことだ。

叔父さんの知り合いでギックリ腰になった患者さんを四回

叔父さんを二回、

膝が痛くて外出できない患者さんを三回(友達のお婆ちゃん)

合計九回×五千円で四万五千円と惨憺たる結果だった。

ギックリ腰の患者さんもほぼ完治しているので来週は来なくなるし、膝のお婆ちゃんも徐々に歩けるようになってきたから、あと2〜3回もすれば頻繁に治療しなくも大丈夫そう…叔父さんにいたっては義理で来ているだけで身体のどこも悪くない…

患者さんが良くなっているのは嬉しい事だが新規開拓しなければ、どん詰まりである。

このペースだと半年で貯金が尽きてしまう…


丸ごとバナナの端を取られ、がっかりしている最中に携帯が鳴った。

「久しぶり比呂君!今溝の口に来てるんだけど飲もうぜ!」

幼なじみの優ちゃんからの電話だった。

優ちゃんこと長田優治は幼稚園からの腐れ縁だ。

優しく治すという名前に相応しくない、お酒大好き、ギャンブル大好き、キャバクラ大好きの今時珍しい肉食系男子だ。

「久しぶり優ちゃん!珍しいじゃん平日にどうしたの?」

「営業先から直帰って会社に行ってパチンコ寄ったらフィーバーしちゃってさぁ!この辺のキャバクラ開くまであと二時間くらいあんだよ、それまで飲もぜ!」

「なんだ時間潰しかよ〜、今そんなお金ないから無理だよ〜」

「何言ってんだよ!このフィーバー優治様が付いてんだから金の心配なんていらねえよ!早く来いよ!」

と言って電話を切ってしまった。

相変わらずの豪快ぶりである。

奢りと言われた僕は喜んで自転車に乗り、溝の口に向かった。

20分ほどで溝の口駅に着き携帯を見ると、優ちゃんからお店の情報がメールで届いていた。

「お〜来た来た!ったく遅せえなぁ!」

と既にほろ酔いの優ちゃん

「これでも急いで来たんだよ〜あ、僕も同じ生ビールで!」

と店員さんに言いながら席に着いた。

僕らは乾杯をして小一時間ほど近況報告をした。

「へ〜独立開業かぁ!やるじゃねえか!比呂君!」

「いやぁ誰も雇ってくれないから開業するしかなかっただけだよ…」

と僕は照れ笑いした。

「で、その鍼灸ってのは一回いくらすんだ?」

「五千円だよ」

「高けえなぁ!キャバクラのが安いじゃねえか!」

と優ちゃん。

「そ、そうかな?」

(開業してから三週間全然患者さんが来ないのも金額が高いせいなのかも…)

不安がる僕を気にも止めず

優ちゃんはギャンブルの買った負けたの話、今狙っているキャバ嬢の話、上司の愚痴などを話し続けた。

僕は適当に相槌を打ちながら、治療費の金額設定を考えていた。

「お!そろそろキャバクラがオープンする時間だ!」

と言って優ちゃんは千鳥足でレジに向かっていった。

僕も慌てて後を追い会計を済ませた優ちゃんにお礼を言った。

「ご馳走さま。またこっちに来たら誘ってね」

「おぉう、任せろぉぃぃ」

優ちゃんは呂律の回らない状態で返事をし

千鳥足で歓楽街へ消えていった。

僕は酔い覚ましも兼ねて自転車を押し、歩いて帰った。

「帰って治療費のことシンシンに相談してみよう…」

つづく


シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)