鍼灸小説「道案内のシンシン」〜その10: 覚悟
「ただいま〜」
「早かったでござるな。それに何か良い匂いがするでござる」
くんくんと鼻を動かしながらシンシンが近づいてきた。
「お昼に叔父さんの所でカレー食べてきたんだよ」
「そうでござったか、そんなことより
いつもの物を早く出すでござるよ〜比呂殿ー」
カレーに興味ゼロのシンシン。
「え?いつもの?」
「食べれるのは夜中だと思ってたけど、三時のオヤツに丁度良いタイミングでござるな!」
シンシンはヨダレを垂らしながら両手を前に差し出した。
「え?オヤツ?」
僕はシンシンの言っている意味が全く分からなかった。
「またまたぁ〜比呂殿もお人が悪いでござるよ!
その持っている紙袋は何でござるか」
この紙袋は黒田院長に手土産として持って行った川崎ダッワクースの袋だ。僕はマッサージ院に置かせてもらっていた白衣や手荷物なんかを持って帰るために紙袋をもらってきたのである。
それをシンシンは自分のオヤツと勘違いしていたのだ。
「ゴメン、シンシン今日は丸ごとバナナ買ってきてないんだよ」
「そうでござるか…でも和菓子屋さんの紙袋があるってことは何か新しいお菓子を買ったんでござろ?拙者今日はそれで我慢するでござる。新しいスィーツの扉を開いてみるのも悪くないでござる。まぁ丸ごとバナナを超えるものは無いと分かっているでござるが…」
「あのぉ〜シンシン盛り上がってるところ悪いんだけど紙袋の中身はお菓子じゃないんだよ…」
「またまたぁ〜比呂殿は冗談キツいでござる!」
僕は黙って首を横に振った。
「ひ、比呂殿?冗談でござろう?」
僕はもう一度ゆっくり首を横に振った。
「大の大人が仕事もせずに昼間っからプラプラと何してたでござるか!」
シンシンは愛刀とうがらしを構えて怒鳴り始めた。
「いや今日は黒田院長に仕事を辞めるって言いに行くって昨日話したでしょ!」
「仕事を辞めるぅ!何バカな事言ってるでござるか!そんな簡単に仕事を辞める奴なんて次は誰も雇ってくれないでござる!」
「あー雇ってくれなくて結構!」
僕も負けじと大声で怒鳴った。
「ニートでござるか!今流行りの!そんなんでこの先どうやって丸ごとバナナを買うでござるか!」
シンシンは顔を真っ赤にして怒った。
「バナナ、バナナうるさい!このエテ公!ニートじゃない!開業すんだよ!」
と僕は勢いに任せて言ってしまった。
「エテ公…、エテ…、拙者の事、今エテ公って言ったでござるか?」
シンシンはワナワナと震え愛刀をギュッと握りしめた。
(まずい言い過ぎた…)
「ムキィー!覚悟ー!!!」
シンシンは弾丸のような速さで僕の脳天目がけて愛刀とうがらしを打ち込んできた。
「うわぁっ!」
刀を間一髪でかわした僕は一目散に逃げ出した。
つづく
シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂 (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)