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39鍼灸小説「道案内のシンシン」:イギリス人の患者さん

ある日叔父さんから電話がかかってきた。

「うちのお客さんで治療受けたいって人がいるんだけど、股関節の痛みって鍼で治せるか?」

「うん。大丈夫だよ!」

「そっか、今日空いてる時間あるか?」

「えーっと、ちょっと待ってね。手帳手帳…。

今日は三時、四時、五時って空いてるよ!」

「オッケー、ちょっと聞いてみる」

His clinic can be booked between 3-5.

Do you schedule a treatment now?

「お待たせ、三時でお願いしたいっって」

「叔父さん、今英語話してた?」

「おう。お客さんの名前はスチュワートさんな。宜しく!」

「ちょっちょっ、ちょっと待って!その人外国の人?日本語話せるの?」

「おう、イギリス人。ちょっとは話せるみたいだぞ。英会話の個人レッスンしてる人みたいだから、あとでプロフィール送っとく。」

「わかった…不安だなぁ…」

弱気な僕の発言に

「お前大学出てんだから英語くらい少しは話せんだろ!」

とキレ気味に叔父さんは電話を切ってしまった。

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(そんな無茶な…)

僕の出た鍼灸大学では一年生の時に英語が必修科目だったけど、毎回簡単な教科書の和訳をするだけだった。大学英語などと言ってはいけないレベルの授業だったし、当然、英会話力を磨いてくれるようなことは1ミリもなかった。

一方、叔父さんは高卒で料理の世界に入り勉強とは無縁の人生を送っていたにも関わらず、ロサンゼルスで中華店の店長を任されていた間に英語が話せるようになるという謎のインテリ料理人なのだ。

ピロリン!

叔父さんからメールがきた。

スチュワートさんが登録している英会話教室のホームページへのリンクが貼ってある。

そこには

『日本語レベル中級』

と書かれていた。

それを見た僕はホッと肩を撫で下ろした。

そして、その日の三時スチュワートさんが来院した。

「ナイスチュミチュー」

僕はカタコト英語で挨拶をし、日本語話せますか?と聞いてみた。

するとスチュワートさんは

「アリガト、イタダキマース、スシ、テンプラ」

と自信満々で覚えた単語を披露しだした。

まさか、このレベルを中級と言っているのか…

僕は背中から汗が吹き出すのを感じた。

そこから、身振り手振りのジェスチャーと英単語で何とか治療を開始した。

スチュワートさんの股関節痛の原因は

久しぶりにサッカーをしたことだそうで、最初の5分くらいで股関節に痛みが走ったにも関わらず楽しいからと続けてしまったのだそうだ。

こういう時厄介なのは痛めた部分よりも、それをかばって反対側の足や腰に問題が起こってくることだ。

スチュワートさんの状態も同じで痛みのある右股関節よりも左の膝や腰の状態のほうが悪くなっていた。

鍼灸の診断には望診(ぼうしん)という技術があって患者さんの身体を診てどこが悪いか探る方法がある。

僕はスチュワートさんが座ってカルテに名前や住所などを書いている時に望診をし、体重が右側にかかっていることを発見していた。

右股関節が痛いはずなのに右側に体重をかけて座っているということは本人が気づいていない痛みが左側にある証拠だ。

触診をすると案の定、左の膝が固まって動きが悪く腰には強い痛みがあった。

もしも、この状態で右股関節の治療しかしないと

楽になる→体重かける→痛くなる→治療→楽になる

と無限ループになってしまう。左側から治療を始めようとする僕に

スチュワートさんは不安そうに

My pain is on the right side.

(右側が痛いです)

と何度も言うので、仕方なく先に右側の治療を行った。

その後、なぜ反対側の治療をするのか英語で説明できない僕は

「サービス、サービス」

と言って左側の腰と膝の治療を追加した。

治療を終え、

僕は「エンド、エンド」

と言ってジェスチャーで着替えを促した。

スチュワートさんは不安そうな顔をして着替え始めた。

僕が治療室を出るとシンシンがトイレに駆け込んだ

「トイレでござるぅ〜」

どうやらシンシンは治療中なのを気にしてトイレを我慢してくれていたようだ。

着替えを終えたスチュワートさんが治療室から出てきた。

「ペラペラペラペラペラ」

不安そうな顔をしながら凄いスピードで英語で話かけてきた。僕は何を言っているのか全く聞き取れず

「ウエイト、ウエイト」と言って辞書を取りに部屋の本棚に向かった。

(どうしよう…何か不味い事したかな…)

不安に思いながら辞書を手にとり戻ると

シンシンがスチュワートさんと楽しそうに会話をしていた。

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「シンシン英語できるの?」

「オフコースでござる。拙者イギリス英語派でござる」

(英語にイギリス派ってあるんだ)

そんなことすら知らない僕に

シンシンが通訳をしてくれた。

何でもスチュワートさんは僕が怒って治療を中断したのかと思って不安になったそうだ。

「比呂殿、治療が無事終わったのならエンドではなくフィニッシュって言うでござるよ」

「え!そうなの?」

後で調べて分かったことだが

目的を達成した時は「フィニッシュ」と言い

目的が達成できないとき、とりあえず終わりみたいな時に「エンド」と言うらしい。

そのため僕が「エンド、エンド」と言った時

スチュワートさんには

「やめだ、やめ!着替えて!」

みたいなニュアンスで伝わっていてたのだ。

(そりゃ不安になるわけだ…)

僕は自分の英語力の無さを謝り、シンシンを通してスチュワートさんの身体の状態を説明した。

誤解も解け反対側の治療の意味を理解したスチュワートさんは嬉しそうに帰っていった。

「ふぅ〜良かったシンシンが英語できて」

するとシンシンは

「If you give me one Banana cake I'll give you an interpreter.」

とヨダレを垂らしながら言った。

僕は何と言ったのか聞き取れなかったが

通訳一回につき、丸ごとバナナを一つ渡さないといけない

ということは、シンシンの顔から読み取れた。

(英会話勉強しなきゃ…)

つづく







シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)