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29鍼灸小説「道案内のシンシン」:歯痛②

虫歯生活二日目

朝起きて歯の痛みが消えていたら、どんなに幸せだろう…と考えつつも

そんな奇跡は起こらないのが現実というものだ

「いてて」

(やっぱり痛い…むしろ昨日より痛みが増してる…)

今日は幸い治療は休みだ。でも朝から東京で年に一度のセミナーがある。

「せっかく楽しみにしてたキーコ先生のセミナーなのに絶不調だ…」

パイン・ブック・キーコ先生はアメリカ在住の凄腕女性鍼灸師だ。

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アメリカ名門大学で認められた日本で唯一の鍼灸師である。

「くっそー待ちに待ったセミナーなのに…でも休むわけにはいかない!」

僕は痛みを堪えながら東京神田のセミナー会場に向かった。

受付30分前だというのに既に行列ができていた。

皆、キーコ先生のセミナーを楽しみに集まってきた鍼灸師だ。他にも鍼灸学生や整体師、医師、海外から参加している人もいる。

一回の受講料が3万円と高額にもかかわらず

申込みが遅れると100名の定員枠はすぐに埋まってしまう。

そんな人気の理由はキーコ先生のセミナースタイルにある。

我々鍼灸師が日頃治せない患者さん、苦戦している患者さんを連れて行ってOKなのである。

その患者さんの治療を我々に見せながら、どこが悪いのか、何が問題なのか教えてくれるのだ。

こういうセミナースタイルは腕にかなりの自信がないと出来ないし、僕ら学ぶ側にとっては嘘偽りの無い『生の臨床』が見れる貴重な時間なのである。

僕が初めてセミナーに参加した時は母親を連れて行き治療をしてもらった。

僕が母に鍼を刺すと、痛いだの響くだのと言って上手く治療が出来なかった。それに治療して楽になったと言われたことは一度もなかった。内心、母は鍼が合わない体質なんだと思っていた。

そんな折にキーコ先生のセミナーの事を知って、母の治療をお願いしたのである。

結果は『衝撃』の一言だった。

母はキーコ先生の鍼で一言も「痛い」と言わず、終始リラックスした様子で治療を受け、最後には自分の身体が楽になったことに感動し目を潤ませながらキーコ先生に御礼を言っていた。

僕は自分の技術や知識の至らなさを痛感すると同時に、初めて見る超一流の鍼灸師の姿に感激した。

そんなキーコ先生のセミナー内容は今回も素晴らしく、歯の痛みを忘れるくらい集中して一語一句ノートに書き留めた。

しかし夕方にもなると痛みが強くなりセミナー後の懇親会は欠席し家路に着いた。

「ただいま〜」

「比呂殿!大丈夫でござるか?昨日死にかけたというのに勉強しに行くとは!治療家の鑑でござる!」

シンシンは昨日の死んだフリを、まだ信じているようだ。

僕のことを心配してか部屋は綺麗に片付き夕食の準備までしてあった。

(しばらくは重い病気のフリをしておこう)

夜は歯の痛みが強く2時間ほど布団でゴロゴロしたが、どうにも寝れそうにないので諦めてキーコ先生のセミナーの復習をすることした。

「むにゃむにゃ、美味しくなれぇでござる…」

横でシンシンが爆睡している。

(僕がセミナーに行ってる間に、いろいろ頑張ってくれたんだね…ありがとう)

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つづく

シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)