12鍼灸小説「道案内のシンシン」: ギラリ
僕はトドールを出ると空を見上げ
心の中でで呟いた。
(よし!やるぞ!)
僕は開業に向かって歩きだした。
いざ腹を括ると不安よりもワクワクした気持ちが膨らんでくるから不思議なものだ。
鍼灸院の開業といってもやる事は大して多くない。僕みたいに金もコネもない人間は、店舗を借りることができないので、往診専門の鍼灸院となる。まずは出張業務開始届を保健所に出せばOKだ。
あとは自分で屋号、営業時間、休み、治療費などを決めていく。
僕は屋号を鍼灸院比呂と名付けた。
陶山鍼灸院というのもカッコイイと思ったが、少し固い感じがしたので自分の名前である『比呂』を付けた。
患者さんにとってのヒーロー的な存在になれたらいいなぁと密かに願掛けも入っている。
営業時間はセンター北のマッサージ院より1時間早い午前十時から午後九時に決めた。
そして定休日は日曜日。
我々鍼灸師にとって日曜日は休みたい日というわけではなく、空けておきたい曜日なのだ。
なぜならほとんどの鍼灸セミナー、学会、勉強会は日曜日に開催されることが多く、そこで知識を得たり技術を学ぶことが重要だからだ。
一番悩ましいのは治療費をどうすればいいのか?
学芸大の治療院で半額キャンペーンをした際に痛感したことがある。それはマッサージは安くすると受けたがる人が増え、鍼灸は安くすると不審がられて来なくなるということ。
マッサージの相場が10分1000円と決まっている。
僕の治療はだいたい60分で終わるので、マッサージの相場よりも少し安い5000円にしてみた。
僕は開業について思いを巡らせながら途中コンビニに寄って丸ごとバナナを購入した。
家に帰り、そおっと玄関のドアを開けるとシンシンがフェンシングのスタイルで素振りをしていた。
僕に渾身の一振りを避けられた事が、よっぽど悔しかったのだろう。
愛刀とうがらしも先端は針のように鋭利に磨かれていた。
(あんなので刺されたら洒落になんないよ…)
僕は丸ごとバナナを盾のように持って家に入った。
「た、ただいまぁ…」
ゆっくり振り向くシンシン
もはや殺気がほとばしっている。
僕は慌てて謝った。
「さっきはごめん!シンシン!これお土産!」
そして膝をついて両手に掴んだ丸ごとバナナを掲げた。
それを見たシンシンは愛刀とうがらしを腰に納め、
「比呂殿〜二つも丸ごとバナナを買ってきてくれるだなんて拙者嬉しいでござるよ!」
と笑顔になった。
(危なかった…一個は僕のだったけど、二つとも渡そう…)
僕は丸ごとバナナを二つともカットし、お皿に綺麗に盛った。
「今コーヒードリップするね!」
「比呂殿は気が効くでござるな!まさに気を操る鍼灸マスター!気が効くジェントル比呂殿!」
とシンシンは上機嫌で丸ごとバナナを頬張りながら謎のヨイショを言ってくれた。
「シンシン僕開業することにしたよ」
コーヒー豆をゴリゴリと挽きながら伝えてみた。
すると
「お!比呂殿も遂に一国一城の主でござるな!拙者応援するでござるよ!」
と賛成してくれた。
丸ごとバナナ効果かもしれないけど、シンシンが反対しないでくれたことが嬉しかった。それに応援するって言われると凄く気持ちが楽になった。
「ありがとシンシン僕がんばるね!」
つづく
シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂 (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)