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鍼灸小説「道案内のシンシン」〜その31:歯痛④

僕は恐る恐る診察イスに座った。

一通り診察を終えると

「虫歯なので、麻酔して削って行きますね〜。麻酔にアレルギーとかはないですか?」

「は、はい、ないです。大丈夫です」

『麻酔』という言葉を聞いてホッとした。

僕は大学生時代に麻酔無しで前歯の治療をしたことがある。

当時、治療中あまりの痛みに驚いて

慌てて歯痛のツボである『合谷(ごうこく)』を力いっぱい指圧したのだ。

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そして猛烈な痛みに耐え涙を流しながら治療を終えた。

フラフラになりながら帰り道を歩いていた時に気がついた。

あれ麻酔したっけ????

麻酔の注射を打たれた記憶がないのだ…

ツボを押すよりも「痛いです!」と言えば良かったと後悔しつつ

(麻酔なしで合谷の指圧で乗り越えたんだから、やっぱり東洋医学って凄いんだな!)

と誇らしかった。

とはいえ

今でも麻酔無しでの激痛治療を思い出すだけで冷や汗が出てくる。

今回も歯医者のイスに座っているだけで身体は硬直し掌にはジットリと汗をかいていた。

幸い今回は麻酔も良く効き先生の腕も確かだったため痛みもなく治療を終えることができた。

(さっきの子供は何だったんだ…)

きっと痛みより恐怖で叫んでいたのだろう。

会計を終え歯科医院を出ると、お腹がグーグー鳴り始めた。

久しぶりの空腹感。

「あーお腹減ったぁ」

昨日も一昨日も痛みのせいで食欲が出なかったし噛むのが辛かったからスープとかお粥しか食べれなかった。

(何か歯応えのあるもの食べたいな・・・)

僕はセンター南にある叔父さんの中華料理店ダブルハピネスに向かった。

十一時少し前に着くと、仕込みを終えた叔父さんはラジオを聴きながらリラックスしていた。

「叔父さん!何か歯応えのある美味しいの作って」

「なんだ、まだオープン前だぞ。今日は仕事どうした?」

「今日は祝日だから休診だよ」

「開業したてなんだから365日働けよ!」

「そんな無茶な・・・働くにも、まずは腹ごしらえだよー」

「仕方ねえなぁ、ちょっと待ってろ」

ヤレヤレといった感じで叔父は鍋を振り始めた。

「はいよ。海鮮かた焼きそば!」

「わぁ美味しそう!」

久しぶりのパリパリとした歯応えが心に染みる。

(痛みがないって何て素晴らしいんだろう・・・)

「で、仕事はどんな感じなんだ?」

「うん徐々に患者さんも増えてきて、貯金を切り崩す生活ではなくなったよ」

「そりゃ一安心だな。でも安心して気が緩んだ時が一番危ないからな気をつけろよ」

僕はかた焼きそばをバリバリと噛みながら

手でオーケーサインをした。

(気の緩みか・・・)

たしかに甘い物の食べ過ぎで虫歯になっちゃったし

(あ!そういえばシンシンの事忘れてた)

僕は会計を済ませて自転車に乗り家に向かった。

(丸ごとバナナ買っておけば大丈夫だろう)

そんな事を考えつつ途中のコンビニで丸ごとバナナを二個買って帰った。

「ただいまー」

返事がない。

「ただいまー丸ごとバナナ買ってきたよー」

返事がない。

「あれ、どっか出かけちゃったのかな?」

部屋を見渡したがシンシンの姿はなかった。

ふと机を見ると置き手紙を見つけた。

「今までお世話になり申した。さようなら。シンシンより」

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つづく






シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)