28鍼灸小説「道案内のシンシン」:歯痛①
「いててて」
「どうしたでござるか?」
「何か歯が痛くなっちゃって」
甘い物の食べすぎで、どうやら虫歯になってしまったようだ。
あいにく今日から三連休で、前に通っていた歯科医院は休診だった。
なんとか今日、明日、明後日と我慢しなきゃいけない…
「シンシンは虫歯とかないの?」
「拙者は虫歯になったことないでござる!日頃の行いの良さでござるな!」
おかしい…シンシンは僕と同じように、いやそれ以上に甘いものを食べているし、僕が歯磨きを促さないと、そのまま寝ちゃうような自堕落な人間…
じゃなかった自堕落な猿なのに何故虫歯と無縁なのだ。
そんなことを考えつつ
「シンシンちょっと歯を見せてよ」
と聞いてみた。
「いいでござるよ」
とシンシンは大きく口を開けた
ピッカピカ、
ちょっと引くぐらいピッカピカの歯だった。
「ろうでごあるか?」
ジーっと見ている僕に痺れを切らしてシンシンが口を開けたまま聞いてきた。
「虫歯ないね」
「そうでござろう!」
何故毎食歯を磨く僕が虫歯になって
一日一回しか歯を磨かないシンシンが虫歯ゼロなんだ…これも神の奇跡なのか…
「いててて」
そんな馬鹿な事を考えていても痛いものは痛い
「今日はご飯いいや…」
「虫歯というのは、そんなに痛いでござるか?大袈裟でござるなぁ〜」
とシンシンは不思議そうな顔をした。
「痛み」というのは当の本人にしか分からないものだが、『大袈裟』と言われると腹が立つ。
僕はイライラしながら昨日の残りものを適当に出して
「ごめんシンシン、これ適当に食べといて。あと冷蔵庫に丸ごとバナナあるからデザートに食べてね。先に食べちゃだめだよ!」
と念を押してテレビの前で寝転んだ。
歯が痛いと食欲も出ないし、やる気も気力も出なくなる。仕方がないからテレビでも見て気を紛らわせることにした。
「拙者、残り物は嫌でござるが、デザートがあるなら我慢するでござる!こういう懐の大きさも日頃の行いの良さでござろう」
(懐が大きいなら、残り物嫌とか言うなよ…)
僕はツッコミを入れる元気もなく適当に返事をして歯の痛みから気を紛らわせることに集中した。
「比呂殿一口食べるでござるか?」
シンシンが丸ごとバナナを一切れ持ってきた。
ダイニングテーブルにチラッと目をやると案の定夕食より、先に丸ごとバナナから食べていた。
シンシンは怒られないように残りの一口を持ってきたのだ。
(先に食べちゃダメって言ったのに)
僕は怒る気力もなく
「ありがとうシンシン、でもいらないや…」
と小さな声で断った。
「丸ごとバナナがいらないなんて!」
丸ごとバナナを食べないという僕にシンシンは驚き、取り乱し始めた。
「本当は重い病気…とかでござるか?」
「うん…実は僕、あと少しの…」
「比呂殿!何で黙っていたでござるか!」
「シンシン…今まで…ありがとう…」
と死んだフリをしてみた。
「比呂殿〜」
と号泣するシンシン。
僕は笑うのを堪えながら薄目でシンシンの様子を伺った。
「目を覚ますでござる!ほらヒッ・ヒッ・フー、ヒッ・ヒッ・フー、」
(それラマーズ法で赤ちゃん産む時のやつ!)
僕は必死に笑うのを堪えたが、小刻みに身体が揺れてしまった。
それを見たシンシンは、より大きな声で
「戻ってこい!ヒッ・ヒッ・フー、ヒッ・ヒッ・フー、」とラマーズ法を繰り返した。
(戻ってこいって🤣)
僕は耐えきれず
「ぶっはぁーはぁはぁ」
と息を漏らした。(笑いで)涙が止まらない僕を見て
「良かった!比呂殿!危く死ぬとこでござるよ!」
とシンシンは大喜びした。
シンシンのお陰で少し痛みから気を紛らわせることができた僕は
「ありがとうシンシン」
と涙を拭きながら呟いた。
(明日は腹筋が筋肉痛になるな…)
つづく
シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂 (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)