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18鍼灸小説「道案内のシンシン」: プルプル名古屋

「陶山先輩!私今度開業するんです!」

と鍼灸学校時代の後輩、草持直子から電話がかかってきたのは僕が開業してから1ヶ月が経った頃だった。

「え?嘘だろ?」

僕は耳を疑った。

僕でさえ卒業してから4年という異例の早さで開業をしたというのに

(まぁ僕の場合は社会不適合な部分が背中を押してくれたわけだが…)

草持にいたっては、まだ卒後3年…

それに加えて超天然おっちょこちょい娘なのだ。

今から五年前、僕は京都の山奥にある八木という所に下宿をしていた。夜八時には街の灯りが消え真っ暗になり、駅前のコンビニ711だけが眩しく光っていた。

クラスメイトが

「去年日本一売上出したの711八木店らしいよ」

と言っていた。本当か嘘か分からないものの

他のお店が閉まる中、僕ら学生にとって八木のコンビニ711が命綱だった。そのため売上日本一が八木と言われて「嘘だろ!」とツッコむ人間は僕らの周りで一人もいなかったくらいだ。

そんな田舎の学校だからなのか

晩御飯集まってカレーパーティーをしよう!という企画が上がり

ルー担当、炊飯担当、揚げ物担当、サラダ担当、飲み物担当、そして運搬担当という風に役割分担が行われた。

当時カレー作りにハマっていた僕は真先にルー担当に立候補した。

パーティー前日から大量の玉ねぎをアメ色になるまで炒め、じゃがいも、人参は煮崩れしないよう面取りをした。肉は手羽元と鳥もも肉を入れて、手羽元は出汁用なので後で取り除いた。

そして様々なスパイスを調合し小麦粉と炒めながらルーを作った。

そして一晩寝かせて比呂スペシャルカレーが完成した!

パーティー当日、ルーは僕一人でもギリギリ持てる重さだが、パーティー会場まで車で運ぶため寸胴鍋を抑えている人間が必要だった。そこで運搬担当として草持直子が家にやってきた。

寸胴鍋を二人で運び車の後部座席に置いた。草持も一緒に後部座席に座りシートベルトを閉め寸胴鍋を右手で抑えた。

僕は草持が、しっかりと寸胴鍋を抑えていることを確認し運転席に乗り込んだ。

家から会場までは車で二十分ほど、途中のどかな田園風景が広がっている。十五分ほど運転し山道に差し掛かった時

「ぎゃぁぁぁぁ」

という草持の悲鳴が聞こえた。

僕は慌てて車を路肩に止め振り向くと

まさか、まさかの

寸胴鍋が横倒しになっていた。

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草持はパニックになりながら

「すみません、すみません!」と何度も謝っていた。

僕は「馬鹿!何やってんだ草持!」と怒りながら横になった寸胴鍋を元に戻した。

草持曰く、のどかな田園風景をボーっと見ていたらカレーの事をスッカリ忘れていたらしく山道に入る際のカーブで寸胴鍋が倒れたらしい。

(運搬担当がカレーパーティーの主役であるルーの存在を忘れるとは…、恐るべし天然娘)

結局1/4の量となってしまった比呂スペシャルカレーは

揚げ物のソースという扱いになってしまった。

そして僕の車は、それから3ヶ月カレーの匂いを漂わせる怪しい車と化したのである。

他にもある

草持がツボの名前を覚えられないからと言って助けを求めてきたことがあった。

僕は「歌を使って覚えたら記憶しやすいよ」と

経絡ごとに替え歌を作ってCDに録音し草持に渡してあげた。

しばらくして学校で妙な噂が広がっていた。

「陶山先輩は変な替え歌を作ってCDデビューしたらしい…」

恐ろしいことに草持は僕が渡したCDを大量にコピーして「陶山先輩のCDです!聴いてみて!」と同級生に配っていたのだ。

理由を尋ねると

「皆んなツボを覚えるのに苦戦していたから良かれと思って…」と草持。

そのくせ肝心なツボの試験では赤点をとり追試になったのだ…

と…枚挙にいとまがない草持が開業すると言うのだ!

僕はすぐさま「やめとけ!」とアドバイスした。

「やだなぁ先輩!大丈夫ですよ〜、それより今、治療ベッドとか探していて、どこかいい業者さんいませんか〜?」

と、あっけらかんと答える草持

「本当に大丈夫か?まあ心配してもしょうがないか…。あ、ベッドなら、ちょうどプルプル名古屋がセールしてたよ10万円くらいの低反発穴あきベッドが3万円で売ってたからオススメ!うちもこの前同じの買ったんだ」

「さっすが陶山先輩!じゃあ今から言う住所に注文お願いしま〜っす。支払いは着払いで!」

と…相変わらずの人使いの荒い草持。

そんなやり取りに懐かしさを感じつつ

「はいはい分かりましたよ…届いたら連絡してこいよ!」

といって電話を切った。

僕はプルプル名古屋に電話をしてベッドを注文した。

数日後、治療中に草持から電話がかかってきた。

「せんぱ〜い、ベッド届いたんですけど穴が空いてないんですぅ〜」

「いや、穴空いてるだろ!穴あきベッド頼んだんだから!」

「でも本当に空いて無いんですよぉ、これって自分でくり抜くんですかねぇ?」

「待て待て、自分でくり抜くタイプの穴あきベッドなんてないから!早まるなよ!後でプルプル名古屋に電話して確認してみるから」

と言って電話を切った。

僕は治療を終えると直ぐにプルプル名古屋に電話で穴あきベッドを注文したが穴なしベッドが届いてしまったかもしれませんと聞いてみた。

プルプル名古屋さんは伝票を確認し

「申し訳ございません、こちらの手違いで穴なしベッドを送ってしまいました。すぐに配送業者に取りに伺わせて、穴あきベッドをお送り致します」と丁寧な対応をしてくれた。

さすがの草持でも穴あきか、穴なしかぐらいは見極めれたようだ。

僕は草持に電話をした。

「確認したらプルプルさんのミスだったわ、明日配送業者さんが、そのベッド回収してくれるってさ」

すると

「回収しなくって大丈夫ですよ!さっき発送しましたから!」

「え?嘘だろ…」

「大丈夫ですよ〜ちゃんと着払いにしましたしぃ〜運送屋さんに聞いたら、このサイズは皆んな送料同じって言ってましたから!」

「で、送料いくらだって?」

僕は恐る恐る聞いてみた

「えーっと16000円って書いてあります」

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血の気が引いた。

3万円のベッドに1万6千円の送料なはずがない…

「馬鹿!草持!すぐ業者に連絡してベッド返してもらえ!」

「え〜私穴なしベッド嫌なんですけど〜」

「馬鹿!そういうことじゃなくてプルプル名古屋の配送業者に任せなきゃダメなんだよ!」

「は〜い、じゃあ電話してみまーす」

数分後…

「先輩ダメでしたー。もうベッドを乗せたトラックが名古屋に向かっちゃったらしくってキャンセルできませんて言われちゃいましたぁ」

と軽いノリの草持…

ことの重大さに気づいていないから恐ろしい。

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僕は電話を切るとすぐさまプルプル名古屋に電話した。

「すみません、穴なしベッドの件なんですが誤って別の業者に着払いで配送を頼んでしまったらしく…」

「え… …」

プルプル名古屋さんの血の気が引く音が受話器から聞こえてくるようだった。

「それって配送ストップかけれませんか…」

「はい…もうそちらに向かっているそうでして…」

「え… … …」

プルプルさん心の叫びが聞こえてくるようで僕も胸が痛かった。

しばらくの沈黙の後

「御連絡ありがとうございました」

と小さな声が聞こえた。

「失礼します」

と僕も小さな声で返事をして、そっと電話を切った。

その後、僕が草持にコンコンと説教したことは言うまでもない。

この事件以降、僕と草持は贖罪のため鍼灸師に会うたびにプルプル名古屋を宣伝しようと心に誓った。

つづく


シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)