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17鍼灸小説「道案内のシンシン」: 治療費

「ただいまぁ」

「おかえりでござるぅ」

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シンシンはテレビを見ながら適当に返事をした。

「シンシンお土産あるよ〜」

と言うと

タタタタッと子犬のように走って玄関に迎えにきた。

「おかえりでござる!比呂殿〜」

「はい!丸ごとバナナ!これはシンシンが1本全部食べていいからね!」

「なんと!久々に丸ごとを丸ごと食べれるでござるか!」

シンシンは目をウルウルさせて喜んだ。

僕は適当に丸ごとバナナをカットし皿に盛ってコーヒーをドリップした。

僕はコーヒーをシンシンに手渡しながら尋ねてみた。

「ねえ、治療費五千円って高いかな?」

「高いでござる!」

と即答するシンシン

「やっぱ高いかぁ…」

と項垂れる僕に

「拙者、鍛えてるでござるから治療してほしい所が無いでござるよ!修行で疲れた身体を癒すのは丸ごとバナナが1番でござる」

と丸ごとバナナをフォークに刺し高らかに揚げるシンシン。

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「じゃあ、もし修行で膝を痛めて歩けなくなっちゃって丸ごとバナナを買いに行けなくなったらどうする?僕も買ってあげれないとして」

するとシンシンはガタガタと震えだし

「拙者!切腹するでござる!」

と机を叩いて叫んだ。

僕は溢れたコーヒーを吹きながら

「もしもの話だよ、落ち着いてシンシン。」

と言った。

「なんだ、もしもの話でござったか、ならば比呂殿に膝を治してもらってから丸ごとバナナを買いに行くでござる!」

「でも治療費五千円は高いんでしょ?」

「そんなもの丸ごとバナナを買いに行けるようになるなら五千円でも1万円でも安いでござるよ!」

とシンシン。

僕はそれを聞いてハッとした。

そうか治療費の金額設定以前に、健康な人にとって治療は不必要なものなんだ。

大切なことは治療を必要としている人に情報を届けてあげることなのかもしれない。

翌日から近所の介護施設に営業をして回った。

介護施設を何軒か回りながら自転車でチラシをポスティングしている途中に電話がかかってきた。

「あの、鍼灸院比呂さんの電話ですか?優治さんって方に紹介されたんですけど…」

まさかの優ちゃんからの紹介で治療の予約が入った。

話を聞くと、昨日優ちゃんが行ったキャバクラ店の女の子で寝違えた首が1週間経っても治らないから治療をお願いしたいとのことだった。

優ちゃんは、この女の子が接客の際に首が回らないのを散々爆笑した後

僕の事を紹介してくれたみたいだった。

「自宅に往診に来てもらうのは怖くって、お店に来てもらうことって可能ですか?」

(そりゃいくら治療家って言っても優ちゃんの友達という男を家にあげるのは怖いだろうな)

「もちろん、お店で大丈夫ですよ!溝の口ですよね?」と返事をして夕方に治療に行くことになった。

キャバ嬢の『アゲハ』ちゃんこと高井弥生さんはスラとした長身で、誰からも好かれそうな笑顔の素敵な女性だった。

「痛くなる前、お酒を沢山飲みませんでしたか?」

とお腹を触診しながら聞くと

「え?怖い何でわかるの!先週はメッチャ飲ませる常連さんが重なって連日シャンパンを浴びるように飲んでたの〜」

と高井さん。

お酒を飲み過ぎて肝臓が疲れるとスジが硬くなって痛めやすくなる。

肝臓は身体の右側にあるせいか大抵痛めるのは右側だ。

「痛いの右側でしょ?」

と聞くと高井さんは

「マジ怖いんだけど!右、右!先生占い師みたいじゃん!」

と興奮して言った。

占い師という言葉に回りにいたキャバ嬢達も集まってきた。

僕は誤解がないように

「いえいえ鍼灸師です」

と苦笑いしながら回りに伝え、肝臓の治療と首の緊張を取る治療、そして肩凝りの治療をした。

治療後に首の動きを確認すると

「すご〜い!回しても痛くな〜い」

と大喜び。

「高井さんはモデル体型なんで、首も長いから肩も凝りやすいんです。こうやって肩甲骨を動かしておくと良いですよ」

と座っている高井さんの肩を持って肩甲骨を動かしてあげた。

それを見ていた他のキャバ嬢も鍼灸に興味深々で質問が飛び交った。

「ねえ先生、生理痛とかも鍼灸って効く?」

「彼氏が腰が痛いって言うんだけど、鍼って効くの?」

「やだぁ〜それ何かエロぉい」

「そういう意味じゃないってば」

「痩せる鍼ってあるの?」

煌びやかな女性に囲まれて、しどろもどろになった僕は適当に返事をして店を出た。

つづく





シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)