40鍼灸小説「道案内のシンシン」:初恋の
今日は鍼灸学会のため遥々千葉までやってきた。
鍼灸学会は年に一回ある大きな行事だ。
最新の研究発表や興味深い症例の報告などが聞ける。それに鍼のメーカーもこぞって出店していて様々な種類の鍼をサンプルとしてもらえるのも嬉しい。
「おー陶山!」
と声をかけられ振り向くと、鍼灸大学時代の同期がスーツ姿で立っていた。
「おー野坂!久しぶり!今日は発表?」
野坂泰昌は卒業後、大学院に進学し鍼の研究をしていた。
「今日は足三里と胃の蠕動運動について発表するんだ!見てってよ!」
と野坂は学会のタイムスケジュール表を見せてくれた。
「え~、その時間、藤首先生の発表と被ってんじゃん!」
藤首先生は鍼灸業界でカリスマ的な鍼灸師だ。八十歳を過ぎても現役バリバリで治療技術の高さはピカイチ。それに何時みても何かしら本を読んで勉強をしているという貪欲さ、加えて物腰が柔らかいという非の打ち所がないレジェンド的な存在なのだ。
野坂は新人研究者ということもあり、藤首先生の裏の時間帯をあてがわれたようだ。
「そうなんだよ~藤首先生の裏じゃ誰も来てくれないかも・・・だから陶山!お前は絶対来いよ!」
「え~嫌だよ~」
「そんなこと言わずに同期だろ!それに俺の発表の前に峰鷹さんが発表するんだぞ!」
「え!峰鷹さん来てんの!」
僕はドキドキしながら辺りを見渡した。
峰鷹さんは3つ上の先輩で入学前のオープンキャンパスの時に出会って以来、ずっと片思いをしている相手だ。
峰鷹さんとの出会いは高校三年生の夏休み
京都の山奥にある鍼灸大学のオープンキャンパスへ両親と出向いた時だった。
学校見学を一通り終え、食堂に行くと父が大きな声で僕の事を呼んだ。
「比呂!こっちこっち!」
そこは在校生が大学での生活や勉強、部活のことなど教えてくれるコーナーだった。
僕は父に呼ばれるがまま席に着き、ふと在校生の顔を見て驚いた。
(凄く綺麗な人…)
それが峰鷹さんだった。
峰鷹さんは大学で学ぶことの長所や短所を懇切丁寧に教えてくれた。
それに母の
「頭の良くなるツボってないですか?」
というくだらない質問に
「息子さん頭良さそうですし、そんなツボ必要ないですよ」
と爽やかな笑顔で対応してくれた。
峰鷹さんの一挙手一投足、リアクション、全てがキラキラと輝いて見えた。
完全に一目惚れだった。
帰りの車で、父が誇らしげに言った。
「比呂、お父さん今日イチのファインプレーだったろ?」
「え、う、うん」
僕は窓の外に広がる田園風景をボーッと見ながら空返事をした。
(入学して、もう一度逢いたいな…)
当時、専門学校への進学を考えていた僕にとって峰鷹さんとの出会いが鍼灸大への進学を決意させる大きなキッカケとなったのだ。
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「陶山!おい陶山!聞いてんのか?峰鷹さんの発表が終わっても絶対に席を立つなよ!」
野坂が何度も念を押した。
「はいはい、わかったよ!」と僕は適当に返事をした。
つづく
シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂 (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)