11:鍼灸小説「道案内のシンシン」: 開業
「ふぅっ!あぶないところだった。さすがにエテ公は言い過ぎたな…後で丸ごとバナナ買って謝ろうっと」
僕は散歩がてらに駅のほうに向かって歩き始めた。
シンシンとの口喧嘩とはいえ
開業すんだよ!という言葉が出たことに驚いた。
開業…
たしかに僕の事なんか雇ってくれる治療院は無いかもしれない。
叔父さんの言う通りで
教わる気が無いから、すぐ辞める
というのも図星だった。
正直なところ開業するって結構怖いことだ。
もし誰からも見向きもされなかったら?
もし誰にも必要とされなかったら?
気がつくと駅に到着していた。僕は駅前のトドールに入りホットコーヒーを注文し、席についた。
そしてコーヒーを一口飲んだところで紙とペンを取り出した。
左側に不安、真ん中に嫌、右側に好きと書き線で区切った。
僕は悩んだ時いつも、頭の中を整理するために
紙に書き出すようにしている。
不安な事、嫌な事、好きな事をそれぞれ箇条書きにしてみた。
嫌いな項目を見て我ながら引いてしまった。
『慰安は嫌』『命令されたくない』『コンディショニングを手伝いたくない』『尊敬できない人と働けない』
あまりの社会不適合人間ぶりに
こんな奴僕が院長になったとしても雇いたくない…
と思ってしまった。
シンシンの言う『誰も雇ってくれない』という言葉は的確なのだ。
不安の項目では
『人が来なかったらどうしよう』とか
『人に必要とされなかったらどうしよう』
という言葉とともに『孤独』という言葉が出てきた。僕は金銭的な不安よりも社会から孤立することに強く不安を感じていることに気がついた。
好きの項目では『治療が好き』『鍼灸が好き』『患者さんが治っていく姿を見ることが好き』『勉強が好き』という言葉、そして最後になぜか『丸ごとバナナ』と書いていた。
すると急にシンシンの顔が浮かんできた。
そうだ僕には必要としてくれている人(猿)がいるじゃないか…
寂しくなったら大好きなカレーを食べに叔父さんの所に行けばいい…
「開業…してみるか…いや僕には開業しか道は残されてないんだ!」
僕は紙の中心に『開業』の二文字を書きペンでグルグルと丸で囲った。
つづく
シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂 (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)