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鍼灸小説「道案内のシンシン」〜その33:物件探し①

「またつまらぬものを切ってしまった」

シンシンはテレビを見ながら刀を振り回している。

最近『ルパン猿世』というアニメにハマっているようだ。

内容は

昭和の大泥棒が現代の猿に憑依して悪者を退治するという設定のアニメ『ルパン猿世』

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相変わらず猿が活躍する物語に目がない

シンシンは今回もアニメの影響をモロに受けていた。

愛刀とうがらしのことも今は斬鉄剣と呼んでいる。

「おーいシンシン。出かけてくるよー」

「あばよぉ、とっつあん」

と主人公の声真似をして応えるシンシン。

(誰だよとっつあんって…僕はまだ20代だっての)

特にコンプレックスには思っていないが

僕は年齢より上に見られることが常で

22歳で初めて勤めた鍼灸整骨院では患者さんから

「先生ずいぶん若く見えるけど、30歳くらい?」

と聞かれたことがあるくらいだ。

まあこのくらいなら話のネタに丁度いい。

逆に年齢より若く見られる鍼灸師だと患者さんから『新人さん』『学校出たて』『未熟者』

というレッテルが貼られてしまい、そこから信頼関係を構築するのは大変だと聞いたことがある。

確かに老け顔の僕のことを『新人さん』と邪険に扱った患者さんは1人もいなかった。

そういう意味では老け顔の鍼灸師はお得なのだ。

アニメに夢中なシンシンにむかって

「行ってきまーす」

ともう一度大きな声で呼びかけたが

シンシンは振り返りもせず、ブンブンと手を振って応えた。

今日は新しい家を探すために不動産屋さんと物件を見ることになっている。

ここ二ヵ月の売上げが平均三十五万円となり

最寄駅周辺で治療院を兼ねた住居を探すことにした。

一番最初に見た物件は、駅から徒歩三分の古いマンション。中はデザイナーに500万円払ってリノベーションをお願いしたというだけあって、

一目惚れするような内装だった。

しかし賃貸ではなく、中古マンションということで35年ローンで月々の返済が9万円だった。

一瞬毎月9万円なら安いな・・・

などと考えたが、以前さるさるネットで5年のリースを組みシンシンにブチ切れられたことを思い出し諦めた。

冷静に考えれば、駆け出し鍼灸師が35年ものローンを組むなんて有り得ない話なのだ。

そもそもローンを組めないのでは?と不動産屋さんに聞くと二世帯ローンといって親と子の二つの名義にすると借りられるという。

残念ながらうちの親にそんな余裕はない。

なぜなら京都の鍼灸大学に入れてもらったことで

恐ろしいほどお金を使わせてしまったからだ。

僕が行った大学は入学金と授業料合わせて一千万万円超え、それに一人暮らしのため毎月の生活費も結構かかる。

僕が大学三年生を終えるとき

実家のお金もついに尽き果ててしまった。

大学の良さは三年生の終わりに鍼灸の免許が取得出来る所だ。

そこで大学を辞めても鍼灸師として働ける。

しかし鍼灸大学の本当の良さは四年生の一年間に凝縮されている。

付属病院での病院実習、ゼミでの研究、付属鍼灸院での治療見学、もちろん免許を持っているのでプチ開業だって可能だ。

そんな魅力的な最後の一年間を諦め、退学して働こうとしていた所、21世紀奨学金というものがあることを知った。

無利子無担保で二百四十万円借りることが出来

最後の授業料を支払うことが出来た。

このころからローンに対する気楽さが定着してしまったのかもしれない。

奨学金を返し終わるのは38歳。なんとも先の長い話だ・・・

残りの生活費はアルバイトでなんとか工面した。

ローンにアルバイトと大変そうだが、実際体験した一年間は本当に充実した毎日だった。

そんなこんなで、親の脛は骨の髄までシャブってしまったので、今さら頼るわけにはいかない。

僕は中古マンションを諦め別の賃貸マンションを探すことにした。

つづく。




シンシン 「サポートが加われば鬼に金棒 拙者に丸ごとバナナでござるよ!」 比呂  (そこは愛刀とうがらしじゃないんだ…)