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人質。

これは、かあちゃんとの出来事。

私が、小学校3年生の頃の冬のお話。

私は、
母子家庭で、母は、耳が聞こえないのだ。

かあちゃんは、
珍しく仕事がうまくいってた。
いつもは、すぐケンカして辞めてしまう。
だが、この時は順調にいっていた。

耳の聞こえない、
かあちゃんを理解してくれる職場であった。

この時のかあちゃんは機嫌がいい。
いつも、酒ばかり飲んで愚痴っているが、
楽しそうに、お酒を飲んでいた。

ある休みの日。
私がご飯の準備をしていたら、
かあちゃんが、外で食べに行こうと、
機嫌良く、宣言したのだ。

一年で、数回だが外食する事があった。

有名な「一杯のかけそば」ではないが、
天かすの美味いそば屋があり、
私はそこの店主が大好きで、そこで、
よく、かあちゃんと食べに行っていた。

私は当たり前の様に、
あのそば屋に行くと、思っていたが、
かあちゃんは、居酒屋に行きたいと、
初めての居酒屋に行く事になった。

どれをどう注文すれば、いいのかわからない。

かあちゃんは、注文を私に任せるのだ。
耳が聞こえないから、会話するのが、
面倒くさいからだ。

まずは、かあちゃんはビール、私はジュース、
を注文して、かあちゃんはウキウキしている。

かあちゃんは、メニューを指差して、
私に注文を頼み、次から次へと料理が、
運ばれて来るのだ。

テーブルいっぱいに料理が運ばれて、
かあちゃんは、ほれ!たくさん食べな!
とお腹いっぱいに居酒屋の料理を食べた。

味が濃くて、まさに酒のつまみなのだが、
かあちゃんは、それを美味しそうに食べ、
ビールを何杯ものんでいた。

さて、お会計の時。
かあちゃんの顔色が悪くなった。
酒を飲みすぎたのかな…と思ったら、
かあちゃんはこっそり手話で、
財布がない…と私に伝えてきた。

えっ!マジで!食い逃げになるの?
と不安になってきたが、ここでそんな事、
考えてても、しょうがない。

ない頭で考える…どうする…。

かあちゃんは、夜一人で出歩けない。
フラフラして歩けないのだ。
居酒屋から家まで、かなりの距離なのだ。

私は、意を決して、かあちゃんに、
かあちゃん!ごめん!人質になって!
オイラが家まで財布取ってくるから、
それまで、かあちゃんここにいて待ってて!
と告げる。

かあちゃんは、今にも泣きそうな顔をして、
コクリとうなずいた。

私は、店員さんに、
すみません!財布を持ってくるのを、
忘れたので、ここに母を置いていくので、
ちょっと待っててくれますか?
私が財布を取りにいきます…。
本当に、すみません…。

と、かあちゃんを人質にすると店員に言った。

店員は、ちょっと待っててくれますか?
と言うと、店主らしき人に相談していた。

しばらくかあちゃんと一緒に、
ただならぬ空気の中、店主の返事を待つ。

店主がやってきて、
かあちゃんに話しかける。
私はすかさず、
かあちゃんは耳が聞こえないんです。と伝えた。

店主は、不憫に思ったのか、
事情は、よくわかったよ。
でもこんなガキ1人を外に出すのは、
やっぱり出来ないなー。
誰かいないのか?
と言われたが、誰もいない。

私は、
ぼ、ぼくは大丈夫です!
ご迷惑をおかけして、すみません!
かあちゃんは、夜は歩けないんです…。
だから…ぼくが行かなきゃいけないんです!

かあちゃんは、不安そうに見ている。

店主は、わかった!と言うと、
店員一人を連れてってくれ!と提案した。

かあちゃんと店員は人質となった。

まぁ、店員は人質と言うより保護者だな。

かあちゃんに、行ってくるね!と伝え、
店員さんと二人でアパートまで行く。

店員さんは、
優しくて色々と話しかけてくれ、
申し訳ない気持ちの私を励ましてくれた。

人質となった、かあちゃんは大丈夫かな…。
かなり酒を飲んでいたからな…。
すぐ寝ちゃうし、声もデカいからな…。
ついでに、イビキがすごくうるさい…。
うーん…心配だな…。

家に着いて、すぐ財布を持って、
人質となった、かあちゃんのもとに向かう。

店員さんが、急に笑い出した。
なんだ?と思っていたら、店員さんは、

お母さん置いていかなくても、良かったかも。
だって、私が一緒なら、お母さんも連れてって、
私がお金をもらって、帰ればいい話だもん!

なるほど…言われてみればそうだ…。

今さら、そんな事言われても…。
かあちゃんに悪い事したな…。
早く、かあちゃんを迎えにいかなきゃ!

店員さんに、
あは!そうですよね!
かあちゃん、多分ですけど、
お店に迷惑かけてるかもしれないので、
急いで、行きませんか?

小走りで、店員さんと人質のかあちゃんが、
待っている居酒屋に向かった。

そして、居酒屋についてすぐに、
異変に気づいた…このイビキの声は…。
かあちゃんだ…あぁ…やってしまった…。

店に入ったら、店主が苦笑いをしていた。

私は、
かあちゃんがすみません!
今すぐに会計して、かあちゃんを、
連れて帰ります!本当にすみません!

頭を下げて、お会計をして、
かあちゃんを激しく叩き起こす。

そして、店主、店員さん、お客さんに、
一人一人に謝罪してまわって店を出た。

恥ずかしい…。
もぉ…嫌だよ…。
かあちゃん…何やってんだよ…。

フラフラ歩く、かあちゃんを支えながら、
時間をかけてアパートに帰った。

布団をひくと、すぐにかあちゃんを寝かす。
いつものかあちゃんのイビキが聞こえる。

はぁ…かあちゃんごめんよ。
人質にしたばかりに、こんな目に合わせて。

かあちゃんは、
どんな思いで人質になったのかな…。

酒も回ってたし寝ていたから、
そこまで、深くは考えてなかったのかも。
うん!そうだ!そうだ!

次の日、
かあちゃんは機嫌良く仕事に行った。

私は学校から、帰るとすぐに居酒屋に行って、
昨日、迷惑かけた事を深く謝罪した。

店主は、仕込み中にも関わらず、
笑って、いいって!こんなのしょっちゅう!
酔っ払いにも、慣れてるし、気にするな!
お前も、大変だな!頑張れよ!
と励ましてくれた。

それから、年に数回の外食の時は、
必ず、財布の確認を怠らなかった…。

もう…あんな思いはこりごりだ。

かあちゃん…人質にしてごめんなさい。


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