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銭湯

これは、小学生の頃であった。

突然、風呂が炊けなくなったのだ。
記憶が曖昧なのだか、
石油風呂沸かし器だったと思う。

スイッチをカチカチ入れても、
石油を入れても、
うんとも、すんとも、
動かないのだ。

その時は、まだ冬だった。

かあちゃんは、
とにかく家に誰かを、
入れるのを嫌った。

だから、しばらくは、
風呂も入らず我慢していた。

一週間が過ぎた頃。

かあちゃんが銭湯に行こうと、
やっと動いてくれた。

タオル2枚と、石鹸だけ渡されて、
私は初めての銭湯に行った。

入り口で、かあちゃんと分かれて、
番台さんにかあちゃんがお金を渡して、
ゆっくり浸かっておいでよ。
とかあちゃんが言った。

なんせ、初めての銭湯。

当時のテレビで、
おかみさん時間ですよ。
でおなじみだったが、
観た事がない。

まわりの人を観察して、
靴を入れて、札を取り、
それから、
空いてる棚に服をいれた。

そして、恐る恐るガラスの戸を開く。

むぁーんと湯気でまわりが霞む。

ぼーっと突っ立てると、
おじさんが、
おいっ!戸閉めれ!
とエコーのように響く中
怒られ、すぐに戸を閉めた。

おじさんに、
オレ銭湯初めてなんだ。
だからわかんないんだ。
教えて下さい…。

と戸惑いながら、
おじさんに助けを求めた。

おじさんはガハハと笑い。
そうか、わかった。
まずはそこの桶あるだろ。
ケロリンって書いてあるヤツ。

それを持ってだな、
ここに、ずらっと洗い場があるだろ?
そこで、全身洗ってから、
湯船に入るんだ。
わかったか?

うん。
わかった。
おじさんありがとう。

まわりの人達の見よう見まねをし、
体を洗って、きれいにながしてから、
湯船に向かった。

足を入れた瞬間に、
熱湯じゃないかってぐらい熱くて、
のたうちまわった。

みんな平気な顔して入ってる。

まじか…おい。

かあちゃんよ、
ゆっくりなんか浸かってられねーって。

何度か入っては、出てを繰り返し、
なんとか浸かる事が出来た。

もう全身真っ赤か。
多分5分も、もたなかった。

もう一回チャレンジする。

ぐぬぬ…もう少し…もう少し…。

ダメだと思って上がったら、
のぼせて倒れた。

おじさん達に、運ばれて、
全裸で大の字で脱衣場ですずんだ。

優しいおじさん達が笑いながら、
タオルであおいでくれ、なんとか、
生き返った。

おじさん達にお礼をし、
さっさと着替える。

番台のおばちゃんに、
かあちゃんは上がってきましたか?
と聞いたら…

もう上がって帰ったよ。

えっ?帰った?いつ?

番台のおばちゃんは、

そうだねーだいぶ前には帰ってた。
あんたに伝えてと言ってたよ。

あんだけ、ゆっくり浸かっておいで、
なんて言うから、頑張ったのに…。

外は寒いから、走って帰った。

かあちゃんに、
ひどいよ!
なんで先に帰るんだよ!
と詰め寄った。

かあちゃんは、

お前、のぼせただろ?

みんな笑ってたから、
聞いたらお前がのぼせて騒いでる
声が丸聞えだって言うじゃないか、
もぉ恥ずかしくてすぐ帰っちまったよ。

もうちょっと、
ゆっくりしたかったのに…。
あんたったらもぉ恥ずかしったらないよ。

と言われた。

それから、
また一週間後。

しびれをきらし、
私が業者に電話をして、
風呂を直してもらいました。

やっと…
家でゆっくり浸かる事ができた。

もう銭湯なんか行きたくない。
銭湯なんか大っ嫌いだ。

それから、大人になり、
やっと温泉や銭湯は大好きになったが…。

しかし、逃げるなんて…。
かあちゃんも薄情だな…。

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