第125回志ん諒の会
柳亭こみち師匠の一席目はなんと「愛宕山」。奇跡を見た瞬間です。大ネタ中の大ネタ。古今亭志ん朝さんを代表するネタでもある「愛宕山」です。有難い。実に有り得ないこと。
艶やかな舞子さん達が桜の花のように咲き乱れる「愛宕山」です。「おみごと」と頭が下がりました。
落語は歌と同じように心を揺さぶることが話の本質です。それはもう、私はガンガンと揺さぶられました。熱いものがしっかりと伝わってきたのを感じました。
古今亭志ん朝さんに感じたものと同じものを感じ思わず頭がさがりました。それは品格ある佇まいの中から熱くほとばしる完成度の極めて高い「芸」に触れたからです。
このひと時ではとてもじゃないが学びきれない、柳亭こみち師匠の頂きは遥かに高く眼前にそびえ立っているようでした。
もったいなくも「女中のやり方を学ぶように」とマクラで私に教授していただきました二席目の「猿後家」になっても、心を揺さぶる勢いは緩むどころかますます急角度に登って行き、ついには会場全体が柳亭こみち師匠の世界にどっぷり浸ってしまいました。
「落語とは何か」「芸とは何か」をあらためて考えます。それは加えるものでなく、削ぎ落としていくものであるとあらためて思いました。
当日は誕生日と重なった事もあり、新たな出発のきっかけになったように感じています。
これからも「千一亭志ん諒」をなにとぞご贔屓の程よろしくお願いいたします。
落語を考える事は限りなく深い森の姿を探求する旅のようなものです。森の中にいる私には、森の外から見ての意見で、見えないものが見えてくると思います。そして、一人より二人、二人より三人と、誰かと一緒に考えて行きたいです。スキ、コメント、サポート、みんな大歓迎です。よろしくお願いします。