【ネタバレ】ヤクザと家族 The Family 考察 山本の人生・翼という語り手

映画に心を抉られた。そんな経験は初めてだった。
愛はどんな出来事や感情とも同居できるのだと、教えられた気がした。

1. あらすじ
19歳の山本賢治は、覚せい剤が原因で唯一の家族であった父を亡くす。チンピラの襲撃から救ったのをきっかけに柴咲組組長・柴咲博に拾われてヤクザの世界に足を踏み入れた。
ヤクザの世界で地位を築きつつあった山本は、ホステスの由香と距離を縮めていく。しかし、敵対組織である侠葉会に仲間を殺され、報復の末に逮捕されてしまう。
14年後に出所すると、暴対法の影響で柴咲組は一変していた。病で余命いくばくもない柴咲に「組を抜けてやり直せ」と言われた山本は、かつての盟友・細野の紹介で仕事を始め、由香と彼女が産み育てていた実の娘・彩と生活を始める。温かな家庭を手に入れたように思えたが、世間がそれを赦さなかった。元ヤクザであることが拡散された山本と細野は酷いバッシングを受け、家族と離れ離れになってしまう。
呆然と立ち尽くす山本に、幼いころから山本を慕う青年・翼が「自分の父を殺した犯人を見つけた」と告白する。翼の瞳の危うさに気付いた山本は、彼が暴走する前に犯人たちを強襲。未来に希望を託して逮捕を待つさなか、家族とのりさんに絶望した細野の手によって殺され、海に沈んでしまう。

2. 山本の人生は、不幸だったのか?
身寄りがなく縋り付いたヤクザの世界は時代を経て衰退し、家族を失い、最期には友に殺された山本。字面だけで追えば、哀れでバカなヤクザの不幸な人生だろう。
しかし、本当にそうだろうか?
1999年、19歳の彼の瞳は獰猛で鋭く、乾ききっていた。柴咲に「行くところがあるのか」と問いかけられた際の言葉にならない慟哭は弱々しくて、心臓を潰されるような苦しさがあった。そんな彼の瞳は、時の経過によって潤い、柔らかくなっていく。柴咲やその周囲の人間から与えられた愛は確実に彼を満たしたし、彼もそれを手放さなかった。仲間の敵を殺した中村を庇って収監されるのに、迷いが見えなかったのもその証だろう。
山本は2019年に出所する。獄中については一切語られないが、頭に混じる白髪と少し猫背になった後ろ姿がその苦労を思わせる。そこに追い打ちをかけるように見せつけられたヤクザの現状に戸惑い、組を支えきれなかった中村に怒りをぶつけたが、山本は1度も組員を下に見たり、蔑んだりすることはなかった。翼に「哀れだとおもう」と言われた際は、憤るどころか翼の傲慢さを指摘すらしない。この鷹揚さは、1度は猛反発してヤクザを嫌った山本を受け入れた柴咲と通じるものがある。ほんの一部しか描写されていないヤクザとしての生活の中で山本は多くのことを感じて学び、その経験は14年経っても失わない強固なものであるとわかる。侠葉会の加藤や刑事・大迫を襲ったのも、新たな生活を壊された自棄ではなく、翼の未来を守るためだ。
他人の未来のために人生をかけられる人間が、己を指した人間を強く抱き寄せられる人間が、哀れな男であるはずがない。
彼は豊かだった。愛を注がれて、愛を知って、愛を与えた。
沈んでいく山本の瞳に写ったのは光だ。最期の微笑みは寛大で、包み込まれるようで、泣きたくなるような安心を叩きつけられたような気分になった。
山本の人生は緊張した細い糸を渡る綱渡りのように苦しく、悔しさばかりが残るもののように見えたけれど、彼は消して、不幸ではなかったのだと思う。
満足げな微笑みが、そう訴えかけていた。

3. 翼という語り手
ラストシーンは、山本が死んだ海での翼と彩の出会いで終わる。まったく知らない父をしろうとする娘と、自分を救ってくれた憧れの男を語ろうとする青年の姿は、山本が望んだ未来の光を思わせる。
だけど、私はぞっとした。
柴咲組の面々を慕いながらも、彼らを「かわいそう」と評した翼に何が語れるのだろう。山本は、ヤクザをやめてなお柴咲の手を握ることが許されていた。中村は覚せい剤に手を出しながらも組を支え続け、足を洗ったはずの細野は山本の為に恩人である社長に無理を言った。離散したように見える柴咲組の根底にある愛情を、翼はいったいどこまで感じていただろう。
「ただ愛した。誰もが誰かを愛していた」
そのことだけは、歪まずに、未来を紡ぐ翼と彩に伝わっていることを願う。

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