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マーズ⭐︎レイヤー

 マーズ☆レイヤー
           日比野 心労

 私は椅子に座った顧客の姿を見つめた。間違いない。火星人が目の前に座っている。昔のSF小説とかであるやつ。潰れたのタコのような頭から触手みたいな手足(?)がにょろにょろ伸びてるアレ。
「評判を聞いて来ました。コスプレ衣装の代金はこれで賄って貰いたいんです。」
 タコは頭部(?)にある大きなふたつの目を瞬かせながら、触手でテーブルの上に金塊をゴトンと置き、機械的な合成音声を発した。よく見ると喉元(?)にくくりつけられた装置からその声は聴こえる。私は、あ、う、ちょっとお待ちくださいね、と詰まりながら声を絞り出すと、応接室から後ずさりし作業室へ転がり込んだ。
「ちょ、ミッシー、応接室行ったけど、何なの、あれ」
 来月の企業イベント依頼のコスプレ用に型紙を切っていた相方が眼鏡をずり上げながら答えた。
「火星人。『体型、身長、なんでもご相談承ります』ってサイトに書いたのはマキナじゃん。元カリスマコスプレイヤーがビビってどうすんのよ」
「体型の話とは違くて、なんで、火星人が」
「折角遠くから来たんじゃん。相談ぐらい乗ってあげなよ。」そう言うとミッシーは切り終えた型紙を平然とまとめ始めた。
 ダメだ。相方の目がマジだ。相変わらず胆力のあるミッシーの落ち着き具合になぜか安心して、私は覚悟を決めると応接室に戻った。

 コスプレイヤーを引退した私は、相方と一緒にコスプレ衣装作成スタジオを立ち上げて三年、これまで様々な顧客の要望に応えてきた。でも、人間以外の依頼は初めてだったわけで。
「それで、コスプレ衣装は何のキャラでご依頼ですか?」
 私は努めて冷静に対応を始めた。既に頭の中ではこのタコ型体型からサイズとどんな造型をしていくかの想定を始めている……けどどうやったって無理だ。そもそもタコに合うコスプレって何なのよ。
「初音……初音ミクになりたいんです。」
 無理だー。終わったー。私は、依頼を断られた腹いせに大挙して上空に押し寄せる宇宙船が放つ熱線で焼かれる自分を想像した。
「無理、ですよね。火星人じゃ。体型だって三頭身のタコですし。でも、たまたま電波を拾った地球のテレビ番組で彼女を見つけたとき、心がキュンとなったんです。可愛い。私もこの子みたいになってみたい。でも、それは叶わぬ夢ですよね……。」
 シュンとした火星人を見て私の中の何かに火が着いた。うん、グッときた。私たちは仲間だ。やってやろうじゃない。私は立ち上がって、任せて。絶対何とかするから。そう声をかけると、火星人は肌をほのかに赤らめた。
 まず身体の採寸を行う。身長は公式と同じだ。触手は何本かまとめ手足の太さを表現した。柔らかい頭部をコルセットでむぎゅむぎゅと締め付けて胴体に見立てる。締め付けキツくない?と聞くと、頭部ニ痛覚ハ感ジナイノデ大丈夫デス。と苦しそうな声で答えが返ってきた。なかなか根性あるじゃん。私はミクの体型に沿うようにコルセットを締め上げる。これなら少しの調整で大丈夫そうだ。手足に見立てた触手にはボディスーツをカットしたものとニーソックスを着用してもらい、ショートブーツは触手で立っても疲れないようにミッシーが内部を加工してくれた。
 問題は頭だ。タコの頭部はぜんぶ胴体に押し込んでしまったので顔が作れない。コルセットを外したあと、私は火星人に聞いてみた。
「ねえ、ミクの顔は造型で何とかするって手もあるんだけど、やっぱり自分の顔でミクになりたい?」
 しばしの沈黙。やがて火星人は大きな目をキラキラさせて意を決したように声を絞り出した。
「なりたい、です!」
 私はそれを聞くと腹を括った。

 十日後。衣装が完成した。「とにかく細部と頑丈さにはこだわったから。あとは仕上げ、よろしくね。」
 二徹明けのミッシーはそう言うと作業場のソファに転がってすやすや寝息を立て始めた。ありがとね、相方。
 私は再訪してきた火星人に撮影スタジオで衣装を合わせる。手。足、胴、ウイッグ、全てぴったりだ。うん、イメージ通り。そして私は火星人のアニメ顔メイクに取り掛かった。

「完成!鏡見てみて!どう、気に入った?」
「かわいい……私、ミクになれたんだ!」
 火星人は喜びで身体を震わせる。私もちょっと涙目になりながらカメラを構えて写真を撮りまくる。ポーズを変えながら初音ミクになり切った火星人は本当に嬉しそうだ。
「当初の計画とは違っちゃったけど、これも公式のフィギュアを再現したやつだからね。もともとの輪郭の雰囲気も合ってたからテープで整えるだけでいいし。気に入ってもらってよかった。」
 火星人……いや初音ミクはぺこりとおじぎをすると、スタジオの端に向かい窓を開けて振り返り言った。
「ありがとうございました!次のコミケ、参加するんでお会いできると良いですね。さよなら!」
 そして窓に手をかけ、ビルの外の空へダイブすると、デフォルメされた三頭身のねんどろいど初音ミクは空飛ぶ円盤が放つ光ににゆっくりと吸い込まれていった。私は慌てて叫ぶ。
「今度の冬コミ、事前予約制だよー!!」

 私の声が届いていたかは今も分からない。

#BFC4幻の2回戦作  

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