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金の林檎の生る樹の下で

(4,945文字)

 はい。たしかに、おれがやったことで間ちがいはありません。そうです。王さまが見せてくだすったおさつは、おれが……いや、おれと兄ちゃんでそだてたおさつで間ちがいはないのです。

 父ちゃんは、やく人につかまって死にました。もう二十年も前のことです。ニセの金かをつかった容ぎで、王さまのつかわしたやく人に連れられて、ろうやの中ではやり病にかかって死んじまいました。おれは兄ちゃんとふたりで泣きました。母ちゃんも父ちゃんがつかまったあと、はやり病にかかって死んじまいました。それでも、体のよわい兄ちゃんは、おれにめしを食わせるためにうんと働いてくれました。頭のいいやさしい兄ちゃんでした。どんなにびんぼうではらがへっても、父ちゃんの残した畑だけは売らないようにって、人さまの畑や牛や山羊のせわまで一生けん命にやってきた兄ちゃんでした。
 あの木、ですか。あれは父ちゃんが生きてたころ、「神様がやってきて父ちゃんに木の苗をくれたんだ。すごいんだぞ。金の成る木だ。これでうちは大金持ちだぞ。」って兄ちゃんから聞いた木です。
 木にはほんとうにこの国の金かが実りました。でも、それは裏も表もおんなじえがらの金かで、傷もおんなじ場所、欠けたぶぶんもおんなじでした。その金かをたくさんつかった父ちゃんは、ニセの金かをつくったつみでつかまりました。実った金かは国のやく人がぜんぶ持っていき、木はきりたおされて根っこまでほり出されました。ここまでは、王さまもごぞんじでしょう。

 兄ちゃんのおかげでおれはばくばく食べて、ぐんぐん育ちました。村いちばんに大きい体になったおれは、兄ちゃんのかわりにドシドシはたらきました。それと入れかわるように、兄ちゃんは家にこもって本をよみ、あの木について色々とべん強をしてるみたいでした。おれ、ばかだからわかんねぇけど、兄ちゃんはあの木に、こんどはおさつをらせようとしてたみたいです。
 そんなときでした。ねつをだして寝こんでいる兄ちゃんを世話してると、家の戸をドンドンたたく音が聞こえたんです。おれが戸を開けると、そこにはまっ黒のマントを着て、頭にツノを生やして、毛むくじゃらの顔をした男が立っていました。おれ、こわくなって兄ちゃんを呼んだんです。そうすると兄ちゃんはベッドからとびおきて、
「神様!また来てくれたんですか!あの時の木は役人に切り倒されてしまいました。おまけにこの国では金貨は廃止されてしまいました。私は悔しいのです。今度は、いまこの国で流通している紙幣が成る木の苗を沢山ください!」って叫んだのです。
 神さまは、さけた谷みたいな口をニカっと開いて、ギザギザした歯を見せながら、おれにわかんねぇことばを早口で兄ちゃんに話しかけました。兄ちゃんはそれを聞くと、手を組みあわせて「ありがとうございます!ありがとうございます!」と泣いてよろこんでいたものですから、おれもぺこりとおじぎをしてお礼をいいました。すると、神さまはゲハハハハという笑いごえといっしょに、もくもくとけむりを出して消えちまいました。家の外には、へんなかたちの苗木が、十本ころがっていました。

 あくる日から、兄ちゃんはあやしげなものをいっぱい家に持ちこんで、ますますべん強にはげむようになりました。牛のほねや、豚の内ぞう、ベンタッピの臭い根っこや、ルチンドルの汚い花びら。そういったものをすりつぶして、家のうらに植えたあの十本の木の苗木にこやしをあげていたんです。また、それとはべつに、一枚のおさつを一日中ながめていることもありました。
 そんな兄ちゃんは、しだいに村の人たちから嫌われるようになりました。なんだあいつは。畑しごともしないで家にこもって変なことばっかりしてやがる。あの家の臭いのがうつる。つかまえられてこやしにされちまうぞ。そんなことばっかり言う人で村はいっぱいでした。
 おれは、そんな人たちに、なんとか仲よくしてもらおうと一生けん命はたらきました。家の畑のほとんどは兄ちゃんが売ってべん強に使ってしまったので、村のみんなの畑や果じゅえんの手つだいをして、やっとくらしていました。たまに石をなげられたり、悪口をいわれたりしたけれど、そのたんびに兄ちゃんはおれをこうなぐさめてくれたのです。
「おまえ、今に見ていろよ。村の連中は俺たちの木を見てあっと驚くだろう。金の成る木は本当なんだと。いま俺たちをいじめている奴は、いずれ金持ちになった俺たち兄弟を見直す筈だぞ。」と。

 兄ちゃんのべん強は終わりました。ある秋の晴れた日、あの十本の木に、ついにおさつが生ったのです。おれと兄ちゃんは、おおいそぎではしごをもちだして、ぜんぶの木からおさつをもぎとりました。大きなかごがいっぱいになったのを見て、兄ちゃんは何年ぶりかの笑顔になりました。それを見たおれも、たくさん笑って家におさつを運びました。
 家にかえると兄ちゃんがたくさんのおさつをじっと見つめていました。一枚一枚手にとると、透かしたり比べてみたりしていました。すると、さっきまで笑っていた顔がだんだん泣き顔になっていきました。おれは、どういうことだか兄ちゃんに聞きました。
「駄目だ……。透かしや印刷模様、図柄や裏表は完璧に再現されているのに、同じ木から採った紙幣の通し番号が全部同じだ……。このまま使ったら怪しまれて終わりだ!」
 おれ、ばかだからよくわかんねぇけど、おさつって同じ番号のものがたくさんあったらだめなんですってね?王さまからいわれてはじめてなっとくしました。だから、頭のいい兄ちゃんはすごく落ち込んでたんだと思います。
 でも兄ちゃんは、すぐに立ちなおって新しいべん強をはじめました。「種間交雑で遺伝的形質を変化させてみるか……いやいや偶然性に賭けるのは効率が悪すぎる。そもそも人為的に変異させて十一桁の通し番号を書き換えるなど可能なのか?」
 兄ちゃんはますますべん強にのめり込んでいきました。あるときは、すこしだけ残っていた畑を売りはらって手に入れたおさつを焼いて灰にして、それを木の根っこにまいてみたりしました。またあるときは、それぞれの木になったおさつを切ったり貼ったりしたものを根っこのそばに埋めたりしてみました。でも、よく年もまたそのつぎの年も、生ったおさつはどれもぜんぶ同じ番号のおさつでした。兄ちゃんはもぎとったおさつをしらべるたんびに泣いていました。おれもかなしくなりました。

 そうこうしているうちに、村にはやり病がやってきました。父ちゃん母ちゃんを死なせたあの病です。村の人たちはバタバタと寝こんでしまい、あとは死ぬのを待つばかりでしたが、むかしと違っていまはくすりがありました。村に王さまからつかわされてきたずるがしこそうなくすり売りが、目ん玉がとびでるくらい高いくすりを売りにきたんです。
 村の人たちは、高いねだんにぶうぶういいながらも、しかたなくくすりを買いました。そのたんびにくすり売りはいやらしい顔で、まいどありぃ、とニタニタ笑うのでした。
 はやり病はずっと続きました。村でもいく人かは死ぬ人は出ましたが、くすりのおかげでなんとかなってはいました。けど、くすりはだんだん高いお金を払わないと買えなくなってきました。おまけに、国じゅうにはやった病のせいか、まい年おさめる年ぐまでが増えるしまつ。村の人たちは、王さまはおれたちのけつの毛までむしりとってためこむつもりか!なんておこったり泣いたりしていました。それをきいて、おれもかなしくなりました。
 もっとかなしいことにもなりました。おれが村の人たちのかんびょうを手つだっているうちに、兄ちゃんもはやり病にかかっちまいました。
 ねつをだしながら、せきと一しょに血もはきながら、それでも兄ちゃんはあの木のべん強をやめませんでした。それを見ていてかなしくなったおれは、兄ちゃんのねがいをかなえてあげようと決めたのです。

 おれが手つだいに行っている、りんご果じゅえんの旦那さんにいろいろきいて、おれは木の接ぎ木をためしてみることにしました。こうすると、甘いりんごができることもあるそうなんです。それが、おさつの生る木にもつかえるんじゃないかって、思ったんです。
 まず十本の木の枝をそれぞれすこし切り、べつべつの木に入れた切り込みに挿しこみます。挿しこんだぶぶんを縄でしばって、しばらくようすを見てみました。すると、きちんとくっついて枯れなくなりました。これでうまくいくんじゃないか、と、兄ちゃんとおれはかおを見あわせました。
 夏がすぎ、秋になりました。兄ちゃんの病気はだんだん悪くなり、ついに寝たきりになっちまいました。おれは、軽くなった兄ちゃんを背中におぶって、接ぎ木をしたおさつの生る木をまい日見にいきました。兄ちゃん、もう少しだぞ、もうすぐおさつが生るぞ、そういってはげましながら、見にいきました。
 そしてある晴れた日、おさつの生る木は実をつけました。実はぜんぶ、おんなじ番号のおさつでした。
 もぎとったおさつをぜんぶしらべると、兄ちゃんはかなしく笑って血をはきました。おさつをにぎりしめながら、さいごに、「おまえ、ごめんな。」といって兄ちゃんは死にました。
 おれはおんおん泣きながら、兄ちゃんを土に埋めました。埋めた土の上には、子どものころ兄ちゃんが好きだったりんごの木を植えました。果じゅえんの旦那さんが、おれをかわいそうに思って一本くれたのです。
 りんごの木を植えおわると、おれは兄ちゃんがよろこぶかもしれないと思って、それぞれのおさつの木の枝を切って、りんごの木に接ぎ木してやりました。せめて、あの世では、おさつの生る木ができますようにって。

 冬がすぎ、春が来て、また夏がすぎました。そのあいだにも、村の人たちははやり病でバタバタとたおれていきました。くすりはまえよりもずっと高くなり、だれも買えるねだんじゃなくなっちまいました。
 りんご果じゅえんの旦那さんも、おれに石をなげた粉屋のせがれも、兄ちゃんを臭いと笑った牛飼いのかみさんも、おれは一生けん命にかんびょうしました。そうすると、みんな口をそろえていいます。「お金があれば、あの薬を買えるのに。薬が無いわけじゃないんだ、値段を吊り上げている王様が悪いんだ。」って。
 おれはみんなのかんびょうをおえて家にかえると、かなしくなって兄ちゃんが埋まっているりんごの木を見にいきました。ひとりぼっちになってはじめての秋がきました。「兄ちゃん、おれ、もうつかれちまったよ。」そう、つぶやいて、りんごの木にもたれかかりました。すると、ぼたり、とおれの頭にりんごが落ちてきました。そうか、もうりんごが実をつけるじきか。おれは、夕ぐれの日にてらされたりんごの木を見あげました。
 りんごの木には、たくさんのりんごと、ぜんぶ番号のちがうおさつの実が生っていました。

 そこから先は王さまがお調べなすったとおりです。おれは村のみんなにもぎとったおさつを分けて、たくさんくすりを買いました。そのあとで村じゅうにりんごの木を植えて、それらにぜんぶおさつの木の枝を接ぎ木しました。よく年におさつの実が生ると、村のおさつりんごの木をとなり村へ、そのまたとなりの村へ、北に南に西に東に分けてまわりました。どの村も、よく年にはおさつをたんまり実らせ、冬のまえまでにはくすりを買ってはやり病をなくすことができたそうです。
 よく年も、そのまたつぎの年も、おれはおさつりんごの木を国じゅうに分けてまわりました。国から新しいおさつが出るたびに、木は新しいおさつを生らせました。みんなが笑っている顔をみると、兄ちゃんもあの世で笑ってるような気がして、おれもうれしくなりました。はい、もちろん、わるいことだとはおもっています。そのことについてはどんなばつでも受けるつもりです。
 ところで、なんで王さまは泣いておるのですか?もう、わしは終わりだなんて、どうしてですか?その、はいぱあいんふれ、ってやつは新しいはやり病なんですか?おれ、ばかだからよくわかんねぇけど、こんどは王さまが病気になっちまったんですか?

          (おしまい)

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