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小説・童話まとめ

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小説・童話をまとめたマガジンです。(2019〜)
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記事一覧

曇天というよりもくもり空と呼びたくなるような、薄曇りの空です。外へ出ると半袖でも良さそうな感じだったので、白い半袖のワンピースで近所をお散歩しました。鳥がよく鳴いていました。それから猫にもよく会いました。きょうも良い日になりそうです。うまく言えないけれど些細なことに喜べそうです。

生きていて「これは何の時間なんだろう」と思うことがたびたびある。何をするでもなく、ショートしたように固まっている時間。でも、そういう時は、整えていると思うことにした。うまく生きていくために内面外面ともに整えるための時間が必要なんだ、と。そう思うようになってから少しだけ落ち着いた。

ふかふかのベッドへ横になる。悩みごとあれこれは隅のほうへ追いやって。そうして深夜のラジオを聴く。あったかい。声をころして笑う。夜だから、真夜中だから、言っても許されるんだろうか、そんなことも思う。額にはりついた前髪をかきあげて、あかるい気持ちをからだじゅうに巡らせて、目を閉じた。

あそぼうよ【ホラー小説・1万文字程度】#創作大賞2024

 わたしには、エミちゃんという友だちがいました。その子を含めて、わたしたちは五、六人で、中学二年の夏休みにわたしの家に集まって、順番にこわい話をすることになりました。  言い出したのはサキちゃんで、わたしはほかの子といっしょに、いいねいいねと言ってた気がします。けれどいざ話してみると、ぜんぜんみんな怖く話せなくて、とちゅうで変な顔してふざけ始めたり、突然大きな声で、ばあ! ……なんて言って笑ったりしていました。  けれどエミちゃんは違いました。みんなと話しているときも、笑

モーニング・ルーティーン【小説・750文字程度】

   0  ひかる気持ちとともに。    1  朝。目覚ましよりも先に目が覚めて、アラームが鳴らないようにリセットする。  隣で寝ている息子がふとんを蹴っ飛ばしているので肌がけをかけてやり、そのまましばらく天井を見つめる。見慣れた木目に、人の顔のように見える場所を探しながら、頭が冴えてくるのを待つ。    2  むっくりと起き上がり、先に起きている妻にあいさつをする。おはよう。おはよう。それから、うがいをしに洗面所へ行く。 (それにしても鏡に映った寝起きの顔のぼ

『書けない』【掌編小説・400文字程度】

 じぶんよりも才能のある人は、たくさんいると思う。  けれど、こんな風に時間がとれて、自由に書ける人は限られてると思うから、与えられている機会には、誠実に応えたい。  とはいえ、きょう書き始めた小説もさっそく筆が止まってしまった。きのうも、おとといも。スランプなのかも知れない。  それでも書くしかないと机にかじりつくのか、いっそ違うことをして気分を変えたほうがいいのか。  もやもやした気分のまま、書けないと、その周囲にあるものがむくむくと豊かになってくるから不思議だ。

『土』【掌編小説・350文字程度】

 よく肥やされた土を触ったときのことを覚えている。たしかぼくが小学生くらいの頃のことだったと思う。うちの花壇の土をふいに見つめて、なぜだか触ってみたくなったのだ。  花はチューリップとかが植っていた気がする。土の表面は陽にあたってあたたかく、指先で掘り返すとほっくりとほどけて、中の土はしっとりと冷たかった。ほじくり返していると、ミミズのはじっこが顔を出したりした。  それからどうしたのかは分からない。たぶん適当に土は元の通りにして、手はいつもよりも丁寧に洗って、ジュースを

『かろやかに、のびやかに』【日記】/『抱擁』【掌編小説】500文字程度

『かろやかに、のびやかに』【日記】  けさは十時半にすっきりと目が覚めた。きのう薬の調整をしたのが良かったのかも知れない。午前中に起きられたのが嬉しい。  雨音がし始めた。きょうはずっと降るのだろうか。牛乳、ふりかけ、歯磨き粉。きょうか明日には買いに出かけないといけないのだけれど。  また甘いコーンフレークを食べ、コーヒーを飲み、かるくラジオ体操をした。それから青葉市子さんの音楽を聴いた。かろやかで、のびやかで、どこまでも澄んだ歌声。  こんなふうにベールに包まれるよ

『微熱』【掌編小説/500文字程度】

 朝起きたらなんだか熱っぽくて、体温計を脇にさしたら、ひやっとつめたかった。はたして、微熱があった。  休もうかどうしようか少し考えて、さいわい急ぎの案件もなさそうだったので、会社に休みの連絡をした。  すると不思議なことに、みるみる熱感がひいていって、試しにもう一度体温をはかってみると、しっかりとした平熱だった。  確かに熱があったのに……。  なんだか嘘をついたようで気が引けるけれど、また熱が上がらないとも限らないので、とりあえず珈琲を淹れることにした。  ◯

『余白』【掌編小説/500文字程度】

 自然に身を任せていたら、とんでもないことになった。髭も髪の毛も伸び放題で、とても人様に見せられる状態ではなくなっていた。そうなるまで、意外とあっという間だった。  バリカンと髭剃りを取り出し、刈るものを刈り、剃るものを剃って、ついでにひとっ風呂浴びたら、見違えるような人間が洗面所の鏡に映っていた。  おお。思わず感嘆の声が出て、ふと誰かに会ってみたくなった。  スマホで連絡先をするする見ていくと、しかし存外会えそうな相手は少なかった。仕事以外で会える、友人や親類は数え

家路【私小説】

 家路は良い。何をして過ごしてもいいから。そしてなにより個人的な自分に戻れるから。  今日は水色の夕暮れを見た。街のすべてが空の水色に照らされていた。灯りのあるところの人々は飴色の影を作っていた。  電車に乗り、ゆられながら、今日は音楽を聴いた。友人と共有しているプレイリスト。友人のことを、遠くに感じた。いつでも適切な距離のことを思う。  電車を降りて、音楽を切り、自転車に乗った。この前オイルをたっぷり注油したからするする走る。オイルが切れてガキガキ軋んでいるのもスチー

鹿に囲まれて【掌編小説】

 鹿に囲まれたことがある。奈良で鹿せんべいを持っているときに。あまりの勢いにすっかりたじろいだ私は、せんべいを持った手を高く高く掲げてしまって、かえってより鹿たちに囲まれることとなった。  彼は助けもせずにそんな私の一部始終を写真に収め続けた。笑いながら。私は、助けてよと怒りながらも、悔しいけれど、彼が笑ってくれるなら、いいかな、そう思ったのを覚えてる。  それくらい、彼のことが好きだったことを覚えてる。 了

ルル【掌編小説】

 不機嫌な君を連れて夜の街を歩く。二人ともお腹はぺこぺこなのに。僕が待ち合わせの時間に遅れちゃったから目当ての店にも入れなくなっちゃったんだ。ついてない。繋いだ小指と薬指が頼りない。ネオンがやたら眩しい。  ここにしよう。僕が言ったのはカフェで君は渋ったけど、ちょっと強引に手を引いたら、君のことを僕が抱き留めたみたいになった。僕の顎の下に君の頭がすっぽり収まって、思わず僕は君のことをふっくらとダウンパーカーごしに抱きしめた。  ばか。そう言われたけれど構わなかった。  

正月【掌編小説】

 みんなで蜜柑をむいて食べてテレビを観ていたら、時間があっという間に溶けてしまった。  母がおせちの残りを出すのを手伝う、わたしと兄で。父は嫌々ながら今日から仕事始めで、なんだか本当に気の毒だったが、そうして嫌々でも父が働くことで助かっている人が必ずいるんだと思えた。そういう背中を父はしていた。 「この、なんだろうね。笑えそうで笑えない感じ」兄がテレビを観ながら言うので、 「え、笑ってるよ? さっきから。お兄ちゃん」わたしが言うと、 「そうよね、じぶんじゃあ気づかない