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社会の暗闇を突く 西加奈子著「夜が明ける」を読んで

西加奈子さんは、2015年に「サラバ!」で直木賞受賞。
過去の本屋大賞でも、2006年「さくら」(9位)、2013年「ふくわらい」(5位)、2015年「サラバ!」(2位)、2017年「 i 」(7位)がノミネートされています。
私にも馴染みのある作家さんでした。
どの作品も、文章に流れがあって、読みやすかったとの印象があります。
そして、今回の作品も、重いテーマではあるけれど、読み進めていくことができました。

物語は15歳の時、俺は、身長191㎝のアキと出会います。
俺は、アキの風貌から、映画俳優のアキ・マキライネンに似ているとアキに声をかけます。
それがきっかけとなって、俺とアキは仲良くなります。

アキは吃音で、母子家庭で育ち、その母親から虐待をうけています。
俺は父親の自殺をきっかけに、母子家庭となり貧困の境遇に落ちていく。

俺は、大学卒業後、ブラック企業であるTV制作会社で働くことになり、理想とは異なり過重労働をさせられ、パワハラをうける。

アキは、アキ・マキライネンになるために劇団で活動を始め、生活のためにバイトを掛け持ちする。

劣悪な環境の中で、馬車馬のようにがむしゃらに生きていく二人。
いくら頑張っても、事態が好転することはなく、しまいには、心も身体も病んでいく。

俺は、手首をカッターで何度も切りつけ、一歩間違えば死んでしまうかもしれないと分かっていながら、同じ行為を繰り返す。
アキは、ホームレスにまで、身を落としてしまう。

何か特別なきっかけがあったわけでもないのに、頑張っているのに、必死に生きているのに、二人ともどんどん底辺に落ちていく。

彼らには全く、非がないのに、気が付けばこんなに困窮した生活を強いられているという流れが怖かった。

一つうまくいかなくなりだしたら、それを巻き込んで、徐々に徐々に、どん底に向かって落ちていく様が、誰にでも起こりえることだと思うと、とても他人事とは思えない。

でも、苦しい境遇に身を置いていても、二人が二人とも、まっすぐで、ひねくれていない。なんとか頑張っている姿が健気で、応援していました。
社会の不条理をよけいに恨んでしまった。

「夜が明ける」の題名通りに、きっと彼らの未来に、最後は明かりがさすはず。光がさすことを願いながら読み進めました。

人はあまりに疲れすぎると、自分を顧みることができないんだと思う。
「苦しいときは、声に出して助けを求めれいいんだ」と作者は訴えています。

それには、まず自分が苦しいんだということを自覚する必要があると思う。

貧困から始まる悪循環の歯車にからめとられたら、人はまわりが見えなくなってしまうのでは。

物語では、ギリギリの状態で俺の身体が根をあげて、入院することになります。やっと自分を客観視する時間がもてたんだと思う。

自分は、こんなに苦しいんだと訴えることがこの状況を抜け出す第一歩。

子供はいじめを受けた時でも、親に話したがらない。こんなことは平気だというポーズさえとる。

いじめられている自分を認めることが自分の自尊心を傷つけてしまうから。こういった気持ちと通じるところもあると思う。

苦しいと声を出すことは心の叫び。今まで耳をふさいで、頭をかかえてひたすら耐えることしかできなかった者の、立ち上がるための第一歩。
まず、声を発すること。

俺がベランダにたまって、異臭を放つゴミ袋を捨てに行く場面がある。
気持ちが病むと風通しのいい空間は不安なのかもしれない。
ため込んで、ため込んで自分を包んで防御するんだと思う。
自分を外から遮断して、守りたい。
何かに包まれて少しでも安心したいんだと思う。

ある女優さんがテレビのインタビューで、次々と起こる不幸に気を病んでいた時、服を脱ぐことが怖かった。
お風呂に入れなかった。ということを聞いたのが心に残っている。

自分の一部となっている衣服をぬぐことが、怖い。
気を病んでしまうと、お風呂に入りたがらない傾向もあると聞いたことがある。
SOSは、その行動からも発せられていると思う。

物をため込んで、汚部屋で生活するという行動は、一つのバロメーターのように思う。
俺が、ベランダにたまったゴミ袋を捨てに行くという行動ができるようになったことが、自分を変えていくための最初の行動だったと思う。

まずは、詰まっていたものを吐き出して、風通しを良くしたい。
俺にやっと、夜が明ける時がやってきたと感じて心がほっとした。

人は窮地に陥った時にあらゆるSOSを発信している。
その人の服装や身だしなみ、そして自分の部屋の状況。
少なくとも家族や友人、自分の大事な人のSOSは気付ける人でありたい。

苦しい時は、勇気をもって声にだしていきたい。
それは、自分を救うことであり、自分を大事にすることだから。

今、苦しくてあえいでいる人に、あるいは、身近に最近の様子が変だと感じる人がいるあなたに、このメッセージが届くことを願っています。
いろいろと考えさせられた作品でした。


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