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地獄に落ちる(下)

 過去を喰らいたい。全て喰らい尽くして、後悔は海の底に沈めたい。下か後ろばかり向きがちな自分を救って、背筋を伸ばして前を向きたい。そんな自分本位な自分すらも救いたい。

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 制作仲間との間には奇妙な沈黙が流れた。希望とも絶望とも言えない、不可解な瞬間だったのを今でも覚えている。期待、そう、言うなれば期待なのかもしれないが、それとはまた少し違う。Twitterは返信を打とうとすると青い3点が表示される。そのときはひたすら心臓が忙しく脈を打っていた。たった数秒がまるで永遠のようだった。彼女は次のように返信してきた。


 「見覚えありすぎてビックリしました!まだ追っててくださったんですね...!」



 「まさか覚えていてくださったなんて、本当に光栄です...」

 実際、そんな言葉なんて置き去りになるほどの衝撃と感動と感謝、圧倒的感謝。

 「よんさん、話したいことが沢山あるんです。ずっと大好きでした。よんさんと話したくてVtuberになったり、麻雀始めて挫折したり、動画が伸びなかったり、本当に色々あったんです」

 「なんと!Vtuberやってるんですか!?見てみたいです!」

 なんだとう!?僕のようなものが作った俗物を見せて良いものなのかというのと、早く見てくれ、一刻も早く見てくれという気持ちは拮抗したと思いきや、体感0.2秒くらいで動画のURLを送り付けていた。「早く見てくれ」の圧勝も圧勝だった。600馬身差。


 「いや、めちゃくちゃ面白いですね笑」

 その言葉で人生の全ては救われた気がした。活動してきた2年だけではなく、全てだ。

 「僕、生きてて良かったです、、、、、、、」

 「大袈裟ですよ!笑」

 「よんさん、これからどうするんですか?」

 「全然決まってないんです。あのアプリはまだやってるんですか?」

 「僕はもうとっくにやめちゃいましたね。よんさんとコンタクトを取ること以外は全て切り捨ててきたつもりなので...笑」

 「すごいですね笑 」

 実際そうだった。彼女に会えるならどんなことでもするつもりだった。

 「よんさんはまた例のアプリに戻ってきたりするんですか?いや、しないですよね...!」

 「本当に何も決めてないんです...!」

 1つ、ふと思い出した話があった。彼女は遊びの誘いなどは誘われたら基本的に全部受けるということ。とにかく受け身であるということ。

 これは、攻めなければならない。多少引かれても良い。それ以外の余地はない。進むしかないのだ。

 「よんさん、友達になりたいって言ったら怒りますか...?」

 もう知らねえ。どうなっても知らねえ。清水寺から助走を付けてハンドスプリングで飛んだ。

 「いいですよ!私でよければ!個人アカで迎えにいきますね!」

 よんさあああああああああああああああああいやああああああああ

will always love you,~♪

※ホイットニー・ヒューストンのI will always love youはタイタニックの曲ではない。

 それからはトントン拍子だった。ヒノノニトンだった。彼女とはLINEを交換し、朝の5時に話すことになった。


 朝焼けが差し込む寝室には祝福の音色とでも言うべきLINEの呼出音が響いた。なんだかもうわけがわからなくて、緊張で目の前がぐにゃっとなっていた。

 「こんばんは〜お久しぶりです!」

 「よんさん.........お久しぶりです...。」

 僕は立ち上がってしまった。立ち上がって泣いていた。大好きな人がそこにいる。確かに本人の声だった。そしてなにより、自分の声が届く。それだけで良かった。幸せに形があるとしたらこれなんだと思った。

 「僕、何から喋ったら良いか...。よんさん、僕...感動して言葉が出なくて...」

 「いやいやいや...!そんなそんな!私なんか大したことないですよ!」

 どこまでも謙虚な人だった。こんなに素敵な人がいるのかと悶絶していた。多分だけど対面で会ったりしていたらひざまづいていたと思う。危ないところだった。

 彼女とは多くのことを話した。僕がまだ高校生であること、彼女は○○歳であること、僕は北海道、彼女は○○、僕は12歳の頃から活動を、彼女は○歳の頃から活動を...情報過多で嬉しのあまり光の速度でコサックダンスでも踊れそうだった。

 それからは僕から誘って話すこともあったし、彼女から誘われて話すこともあった。誘われたらそれはもう、尻尾があれば7秒で引きちぎれるくらいぶんぶん振って通話ボタンを押していた。

 友達になれたんじゃないかと思った。

 しばらくして、彼女は新たに「楠栞桜(くすのき しお)」という名前でVtuberとして活動を始めた。僕らの関係は推しとファンから友達になって、彼女の活躍がより一層誇らしかった。自分の活動の規模は小さかったが彼女に負けずにできる限りのことを尽くした。


 僕は高校3年生になった。活動と勉強の比重が受験のため大きく変わって、Vtuberの活動からはフェードアウトしていった。

 そんなある日、楠栞桜がニュースがGoogleのホームに出てきた。見たところによると、noteからIPアドレスが流出したらしい。それほど大きな被害はないみたいなので安心した。

数日後のことだった。



 楠栞桜はVtuberの歴史上で最も炎上した。ネット史上でも五本の指に入るであろう悪質極まりない事件とも言われる。

 何が起こったかを簡潔に書くと、noteから流出したIPアドレスを5ちゃんねる(書き込むとIPアドレスが出る)という掲示板で検索をしたところ、共演者に対する誹謗中傷が多数。

 プライバシーの流出、自作自演の書き込み。ただ、それらは極めて低い確率で別人の可能性があったが、本人しか知り得ない情報を書き込んでいたのでちゃんと黒だ。黒すぎてそこら辺の黒は白だ。黒ベンツが白ベンツだ。

その他、麻雀でのゴースティング(ズル)の発覚、エトセトラエトセトラ...

ネットの炎は瞬く間に燃え広がった。「推し、燃ゆ」ってやつだ。言わせてもらうが、僕の方が先に推しが燃えているので芥川賞の4%くらいは僕のものだと言っても過言。

 それでも僕は彼女を嫌いにはなれなかった。憎めなかった。好きだった。大切な人だった。僕はLINEでメッセージを送った。

 「よんさん、ご無沙汰してます。Googleの記事から様子を拝見して心配で連絡してしまいました。大丈夫ですか?」

 既読は付かなかった。

 僕は彼女を信じて返信をただ待っていた。起きている間はずっと頭の片隅に張り付いていた。

 そんな中、芦田愛菜氏のインタビューが流れてきた。

 曰く、「その人を信じる」という言葉の意味合いの多くは「自分が“理想”とするその人の人物像に期待をしてしまっていることではないか」という。

 だからこそ時には「裏切られた」という言葉が出てくるわけだが、それは裏切られたというより、その人の見えなかった部分が見えただけであり、それを受け入れられることこそが本当に信じるということなのではないかということだった。

 そうだよな、と思った。彼女とは何度も話したが、全てを知ったわけじゃない。僕は彼女の全てを受け入れたかった。ただの友達として、話が聞きたかった。僕はもう一度LINEで連絡した。

 「追記ですみません。こんな身分で何かを語るのは烏滸がましいことなのかもしれませんが、僕はよんさんのことが大好きです。何をしていようといなかろうと、例え僕のことを嫌悪していようと、傲慢かもしれませんがありのままのよんさんと仲良くしたいと思ってます。今一度、どうかただの友人として、よんさんが何を思い、どう感じ、どれほど抱えてきたのか教えてくださいませんか。」

 すぐには既読は付かなかった。僕は待った。彼女を“信じて”ひたすら待った。



 3週間後、彼女のLINEのアカウントは消えていた。



 僕は地獄に落ちた。


 彼女が何を考えていたのかを一生知ることはできない悔しさが胸に焼き付いて消えない。紛れもない生き地獄というわけだ。

 心象風景とは裏腹に皮肉にもその日は馬鹿みたいに晴れ渡っていた。2年越しに掴んだつもりの幸せは青さと消えた。秋になって心が休まるかと思いきや何も忘れないまま冬になり、桜を見れば発作のように思い返しては項垂れた。

 今年も桜は咲く。咲けば必ず散っていく。それらはどれもが美しい。今までの出来事は全て未来のためのものであると騙されてしまいそうなほどに。

 多分だけど、僕は一生彼女が何を思っていたのか考え続けることになるだろう。いつまでも​単純な疑問だけが、消えない、消えない、消えない。

 教えてくれ。

 神様、もしかして、そういう拷問なのかい。


 僕はこの問いに対する答えを探し続けている。彼女がなにを思ったかという真実だけではなく、この出来事が人生においてどんな意味を成すのかという問いの答えもだ。

 もちろん、まだ分からない。分からないから、僕は「よん」を名乗って歌を歌う。音楽を作る。文字を綴る。言葉を話す。

 いつか本当の「よんさん」が見つけてくれるかもしれない。僕が誰かの「よんさん」になれているかもしれない。

 絶望と喪失だけでは終わらせない。この名前は希望だ。



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 はじめまして、よんと申します。

 歌を歌ったり、動画を作ったり、喋ったり、文章を書いたりします。最近は美味しんぼを質素なご飯とか食べながら見るのにハマっています。なんか良いもの食ってる気がする。大体卵かけご飯なのに。

 あと、歌ってみたを出すと言ってから1ヶ月上がってません。いつになったら出るんだ?休載×休載なのか?いや、始まってすらいないから休載×休載ではないけど。


 いい加減出しますので、もし機会があれば耳を傾けていただけると嬉しい限りです。

よろしくお願いします!

終わり。

P.S.
カンザキイオリ氏を愛しています。

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