あの時嬉しかったこと、迷惑だったこと、覚え書き
昨年9月に書いたnote。
2018年に発生した北海道胆振東部地震と、それに伴うブラックアウト。
振り返れば辛いことや悲しいことが多いけれど、そんな中でも嬉しかったこともいくつかあった。
辛い報道が続く今だからこそ、あの時、遠くの人達からしてもらって嬉しかったことを書き留めておこうと思う。
・「返信不要です」と書き添えられた、SNSでの励ましのメッセージ
たかがSNS、と思われるかもしれないけれど、遠くで暮らす人も心配してくれているんだというのは力になった。
何より、当時はスマホの充電も困難な状況。情報収集のために閲覧はするものの、返信までする余裕は無かったので「返信不要」と書き添えてくれる気遣いが嬉しかった。
逆に、日頃さほど親しかったわけでもない人がしつこく電話で状況を聞いてきたり、乾電池を送ってあげるから連絡してとしつこくメールしてきたのは、正直、本当に迷惑だった。
その人達とは、今はもう疎遠になっている。
・買い物が出来るお店等の情報
自分自身は震災発生直後から出勤していたため近所の方々から情報を得ることが出来なかったのだが、その街が地元の同僚のご家族から買い物出来たお店の状況等の情報を教えてもらうことが出来た。
残念ながら、仕事の後にお店に向かった時にはすでに売り切れで営業を終えていたところがほとんどではあったのだが、それでも地域の繋がりがあることは、ありがたかった。
・地元ローカルラジオからの詳細な情報発信と、怪しい情報の否定
個人的には、これが一番嬉しかったし助かった。
聞き慣れたパーソナリティの方々のいつもどおりの声と口調にほっとしたというのも大きいし、リアルタイムで寄せられるリスナーからのメッセージで、少しずつでも復旧が進んでいるのが分かったのも嬉しかった。
何より、
「怪しい情報は拡散しないようにしましょうね!
自衛隊の人から聞いたとか警察の人から聞いたとか、お仕事してる人達がココだけの話レベルのこと喋るわけないでしょ!ウワサ話はちゃんと確かめましょうね!」
そう何度も繰り返し、笑い飛ばすような元気な口調で言ってくれた事に、どんなに励まされたか。
当時、かつて総理大臣まで務めた某政治家が人工地震云々というデマをSNSでせっせと発信していたというが、ラジオではそのデマも即座に否定されていた。尚、元総理のデマについては、北海道警察も早い段階で公式に否定していた。
とはいえ、あの時、音楽関係の知り合いの中には、怪しい情報を拡散していた人のほうがむしろ多かった印象がある。
もちろん、全ての音楽関係者が、などと言うつもりはない。
けれど、実際、当時電力関係の仕事についていた私に
「シノブさんちのところは電力会社だから、もう電気点いたんでしょう?」
「アンタたち、市議会議員の家があるところから電気繋いでるんでしょ?」
と直接言ってきた人は数名いた。
私がきっぱり否定しても、
「またまたぁ。隠してるんでしょ?」
と、聞き入れようともしなかった人もいた。
恐らく彼等は、ラジオも聞かず、正式な報道も信じることなく、同じような考え方の仲間同士で、情報交換のつもりのデマ拡散をしていたのだろう。
多くの音楽関係の知人友人と縁が切れたのはここ数年のことだが、思えばあの時すでに、彼等は私にとって距離を置く存在になっていたのだろうし、彼等にとっての私も排除すべき存在になっていたのだろうと思う。
逆に、そんな中でも縁が切れることなく、あの時も今もやりとりのある人達がいてくれることを、あらためて、ありがたいと思う。
過去を振り返った上で、今、思う。
どんな時も、どんな状況でも、自分がされて嫌だったことは、決して他の誰かにしないように、と。
東日本大震災の時、私は日本赤十字に寄付をした。
あれからもうすぐ13年になる。
あの時の津波で被災し、今は再建した石巻の義実家では、仮設住宅に設置されていた日本赤十字からの支援物資の電子レンジを今も大切に使い続けている。
初めて義実家でそれを見た時、赤十字に寄付して良かったと思った。
今回も、日本赤十字による活動は始まっている。
義援金については1月4日現在ではまだ準備中との事だが、近日中に案内があるはずなので、わずかながら寄付させていただくつもりでいる。
そして、物流等が復旧したら、出来る範囲で能登のお酒や美味しいものをお取り寄せしたいと思っている。
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