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ベルシャザールの饗宴の歌詞を読みながら

2022年5月21日、22日に東京交響楽団・東響コーラスはウィリアム・ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」を演奏します。

今回は「ベルシャザールの饗宴」の歌詞の背景を調べて、自分なりに考えたことをお伝えします。冒頭のトロンボーンに続き、聖書に登場する預言者イザヤが語り始めるところから始まります。

Thus spake Isaiah:
イザヤはかく語りき:

Thy sons that thou shalt beget
They shall be taken away,
And be eunuchs
In the palace of the King of Babylon.
 Howl ye, howl ye, therefore:
    For the day of the Lord is at hand.
汝が生む汝の子らも
連れ去られて宦官にされてしまうのだ
バビロンの王の宮殿で。
それゆえに声をあげて叫べ:
主の日が間近いのだから。

紀元前586年、ユダ王国の首都エルサレムが新バビロニア王国の王ネブカドネザル2世によって征服され、住民のヘブライ人が囚われの身となってバビロンに連行された話は「バビロン捕囚」として旧約聖書に記されています。この話は時代や民族を超えて様々な作品に取り上げられました。ネブカドネザル王はイタリア語では「ナブコドノゾール王」となり、ヴェルディのオペラ「ナブッコ」のタイトルとなりました。

By the waters of Babylon,
There we sat down: yea, we wept
And hanged our harps upon the willows.
バビロンの河のほとりに
我らはすわって、そう、泣いたのだ
そして柳の木に我らの竪琴をかけたのだ。

Arpa d'or dei fatidici vati, Perché muta dal salice pendi?(運命を予言する預言者の金色の竪琴よ、何故黙っている、柳の木に掛けられたまま)という歌詞で同じ情景を歌ったオペラ「ナブッコ」の中の合唱曲「行け、我が想いよ Va, pensiero, sull'ali dorate」は、当時のイタリア独立の動きの中でイタリア国民から熱狂的な支持を受け、今では「イタリア第二の国歌」と言われています。

パレストリーナの「バビロンの河のほとりに」でもこのシーンが歌われています。
Super flumina Babilonis, バビロンの河のほとりで
Illic sedimus et flevimus われわれはそこにすわって涙を流した
Dum recordaremur tui Sion あなたのシオンを思い出しながら
In salicibus in medio ejus そのなかほどの柳の木に
Suspendimus organa nostra われわれの楽器をかけた

曲に戻ります。
ここからバビロンの圧政を非難する歌になります。

For they that wasted us
Required of us mirth;
They that carried us away captive
Required of us a song.
'Sing us one of the songs of Zion'.
我らを苦しめたものが
我らに歓楽を求めた;
我らを虜にして
我らに歌を求めた。
「シオンの歌を一つ歌え」と。

シオンはイスラエルにある地名で、シオニズム(イスラエルの地にユダヤ人の国歌を再建しようという運動)の語源にもなりました。

How shall we sing the Lord's song
In a strange land?
我らがどうして主の歌をうたえようか
異国の地で?

ここでバリトンソロが切々とエルサレムへの想いを歌い、合唱も繰り返し「エルサレム」の名を歌います。

If I forget thee, O Jerusalem,
Let my right hand forget her cunning.
If I do not remember thee,
Let my tongue cleave to the roof of my mouth;
Yea, if I prefer not Jerusalem above my chief joy.
もし私があなたを忘れるならば、おおエルサレムよ、
私の右手を動かなくしてください。
もし私があなたを思い出さないならば、
私の舌を上あごにくっついたままにしてください。
そうです、もし私がエルサレムを最高の喜びとしないならば。

テンポが戻り、ふたたびバビロンの河のほとりのシーンに。

By the waters of Babylon,
There we sat down: yea, we wept.
バビロンの河のほとりに
我らはすわって、そう、泣いたのだ

ここで突然曲想が変わり、バビロンに対する怒りが炸裂します。

O daughter of Babylon, who art to be destroyed,
Happy shall he be that taketh thy children
And dasheth them against a stone,
For with violence shall that great city Babylon be thrown down,
And shall be found no more at all.
バビロンの娘よ、滅ぶべきものよ、
願わくは汝の子らをとらえて
岩に向かって投げうつのだ、
激しい力によって大いなる都バビロンはたたきつけられ、
そしてあとかたもなく消え去るのだ。

「バビロンの娘」の解釈は諸説あるようですが、特定の女性を指すのではなく、堕落したバビロンを遊女にたとえたという説があるようです。
日本聖書協会『聖書』1955年改訳旧約聖書 詩編第137編では「破壊者であるバビロンの娘よ、あなたがわれらにしたことを、あなたに仕返しする人はさいわいである。あなたのみどりごを取って岩に投げうつ者はさいわいである。」と訳してあります。Happyで始まる古文英語を訳すと「さいわい」になるのかもしれませんが、私はこの日本語にやや違和感がありまして、個人的には上記のように解釈しています。

そこにバリトンによる朗唱が登場し、古代都市バビロンを紹介します。

Babylon was a great city,
Her merchandise was of gold and silver,
Of precious stones, of pearls, of fine linen,
Of purple, silk and scarlet,
All manner vessels of ivory,
All manner vessels of most precious wood,
Of brass, iron and marble,
Cinnamon, odours and ointments,
Of frankincense, wine and oil,
Fine flour, wheat and beasts,
Sheep, horses, chariots, slaves
And the souls of men.
バビロンは素晴らしい街、
その商品は金と銀、
貴石、真珠、上質の亜麻布、
紫、絹、緋色の、
象牙のすべての方法の器、
すべての形の容器は最も貴重な木材の、
真ちゅう、鉄、大理石の、
シナモン、においや軟膏、
フランキンセンス、ワイン、オイルの、
上質な小麦粉、小麦、獣、
羊、馬、戦車、奴隷
そして、人の魂であった。

周りに国々から略奪したものが次々と登場します。最後に「人の魂」までも。紀元前605年、ネブカドネザル2世がバビロニア王国の国王に即位すると周囲の国々を次々と征服し、王国は最盛期を迎えます。
フランキンセンスは現在も使われている高級香料です。

バビロンはイラクにあり、戦火の中も発掘が進み、2019年にやっと世界遺産になりました。下のレポートではネブカドネザル王の碑文も紹介されています。

バリトンソロにアップテンポな序奏が続き、タイトルロール「ベルシャザール」が登場します。いよいよ「ベルシャザールの饗宴」のシーンです。

In Babylon
   Belshazzar the King
   Made a great feast,
Made a feast to a thousand of his lords,
And drank wine before the thousand.
バビロンにて
 ベルシャザール王は 
 盛大な宴を催した
彼の家来1000人のために宴を催した
千人の前で酒を飲んだ。

ベルシャザールは新バビロニア帝国の最後の王です。この曲ではネブカドネザル2世の子供とされていますが、孫とされていたり、別の父の子とされていたり諸説あるようです。聖書(ダニエル書)の中ではユダヤ人を抑圧する暴君の象徴にされました。

Belshazzar, whiles he tasted the wine,
Commanded us to bring the gold and silver vessels:
Yea! the golden vessels, which his father, Nebuchadnezzar,
Had taken out of the temple that was in Jerusalem.
ベルシャザールは、酒が進んだ時、
我々に金銀の器を持ってこいと命じた:
そう、あの金の器、彼の父のネブカドネザルが、
エルサレムの神殿から取ってきた。

He commanded us to bring the golden vessels
Of the temple of the house of God,
That the King, his Princes, his wives
And his concubines might drink therein.
彼は金の器を持ってくるように命じた
神の宮である宮殿にあった
王と、彼の王子、彼の妃たち、
そして彼の側室たちが酒を酌み交わすために。

Then the King commanded us:
Bring ye the cornet, flute, sackbut, psaltery
And all kinds of music: they drank wine again,
Yea! drank from the sacred vessels,
And then spake the King:
さらに王は我々に命じた:
コルネット、フルート、トロンボーン、ソータリーを持ってこい
そしてありとあらゆる音楽を:彼らはまた酒を飲んだ
そうなんだ、聖なる器から酒を飲んだ
そして声をあげてこう唱えた:

sackbutはトロンボーンの原型になった楽器です。

Sackbut(Wkiipediaより)

Psaltery(ソータリー)は弦楽器で、琴やツィターに近い。

 トランペットのファンファーレに迎えられたバリトンソロが神々を讃える朗唱を高らかに歌い上げ、宴の参加者も後に続きます。

'Praise ye, The God of Gold
   Praise ye, The God of Silver
   Praise ye, The God of Iron
   Praise ye, The God of Wood
   Praise ye, The God of Stone
   Praise ye, The God of Brass
   Praise ye the Gods!'
「金の神をほめたたえよ
   銀の神をほめたたえよ
   鉄の神をほめたたえよ
   木の神をほめたたえよ
   石の神をほめたたえよ
   黄銅の神をほめたたえよ
   あらゆる神をほめたたえよ!」

バビロン人が合唱で様々な神を称賛(Praise)するシーンは、それぞれの神に合わせた歌とオーケストラの掛け合い(例えば女声がWoodと歌った後には打楽器のウッドブロック、男声がStoneと歌った後にはやはり打楽器のスラップスティック)が見事です。

そして再びあの序奏。Thusから始まるフレーズで、ふたたびバビロンの栄華の頂点が描かれます。

Thus in Babylon, the mighty city,
Belshazzar the King made a great feast,
Made a feast to a thousand of his lords
And drank wine before the thousand.
こうして大いなる都バビロンにおいて
王のベルシャザールは盛大な宴を催した
彼の家来1000人のために宴を催した
千人の前で酒を飲んだ。

Belshazzar, whiles he tasted the wine
Commanded us to bring the gold and silver vessels
That his Princes, his wives and his concubines
Might rejoice and drink therein.
ベルシャザールは、酒が進んだ時
我々に金銀の器を持ってこいと命じた
その王子たち、妃たちと側室たちが
酒をくんで浮かれるように

After they had praised their strange gods,
The idols and the devils,
False gods who can neither see nor hear,
Called they for the timbrel and the pleasant harp
To extol the glory of the King.
Then they pledged the King before the people,
Crying, 'Thou, O King, art King of Kings:
O King, live for ever'...
彼らが称えた自分たちの異形の神々、
偶像や悪魔、
偽りの神、それは見ることも聞くこともできぬ
彼らはタンバリンや楽しげな竪琴を持ってこさせた
王の栄光をたたえさせるために
それから彼らは人々の前で王に忠誠を誓った
こう叫んだ「ああ、あなたは王、王の中の王:
ああ王よ、とこしえに生き長らえたまえ」

ここで暗転。バリトンソロが有名なシーンを描写する。

And in that same hour, as they feasted
Came forth fingers of a man's hand
And the King saw
The part of the hand that wrote.
彼らが宴に興じていると突然
人の手の指があらわれた。
そして王は見た
その手の先が何かを書くのを。

And this was the writing that was written:
'MENE, MENE, TEKEL UPHARSIN'
'THOU ART WEIGHED IN THE BALANCE
AND FOUND WANTING'.
In that night was Belshazzar the King slain
And his Kingdom divided.
その文字はこう書かれていた
「メネ、メネ、テケル、ウパルシン」
「汝は秤で量られた、不足である」
その夜、ベルシャザール王は殺害され
王国は分割された。

聖書のこの場面は多くの芸術家に画題として取り上げられましたが、なかでも有名なのがレンブラントの絵で、楽譜の表紙やCDジャケットにしばしば取り上げられています。

レンブラント「ベルシャザールの饗宴」

ベルシャザール王は長らく聖書のみに記載されている存在でしたが、1854年に「ナボニドゥスの円筒形碑文」という文字を掘った石がバビロンの近くで発見され、その内容からベルシャザル王の実在が確認されました。その他の歴史研究から、聖書の記述どおりバビロン陥落の夜に殺されたとみられています。

ついにバビロンは滅びました。開放されたヘブライ人たちの喜びの歌が弾けます。

Then sing aloud to God our strength:
Make a joyful noise unto the God of Jacob.
Take a psalm, bring hither the timbrel,
Blow up the trumpet in the new moon,
Blow up the trumpet in Zion
For Babylon the Great is fallen, fallen.
Alleluia!
Then sing aloud to God our strength:
Make a joyful noise unto the God of Jacob,
我らの力となる神にむかって高らかに歌え
ヤコブの神に向かって喜びの声をあげよ
歌をうたえ、タンバリンを持て
新月にトランペットを吹き鳴らせ
シオンでトランペットを吹き鳴らせ
大いなるバビロンは滅びたのだ
アレルヤ!
我らの力となる神にむかって高らかに歌え
ヤコブの神に向かって喜びの声をあげよ

タンバリンはユダヤ人にとって重要な楽器のようで、いろいろな絵でみることができます。今のタンバリンより大きいものだったらしい。

ユダヤ人の喜びの場面
https://www.bj.org/event/exodus-and-song-of-songs-what-do-women-really-think/

曲がスローテンポになり、崩壊するバビロン側の描写になります。

While the Kings of the Earth lament
And the merchants of the Earth
Weep, wail and rend their raiment.
They cry, Alas, Alas, that great city,
In one hour is her judgement come.
地の王たちが嘆き悲しみ
地の商人たちが
泣き、呻き、衣服を引き裂いた。
彼らは泣いた、ああ、ああ、あの大きなる都が
ひと時の間に審判が下されたのだ。

The trumpeters and pipers are silent,
And the harpers have ceased to harp,
And the light of a candle shall shine no more.
ラッパ手も笛吹きも沈黙し、
竪琴ひきも演奏をやめ、
ろうそくの光ももはや輝くことはない。

開放される民の喜びの歌が再び始まり、曲のフィナーレとなります。最後のアレルヤコーラスには、ヘンデルから連なるイギリス音楽の伝統も感じられます。

Then sing aloud to God our strength.
Make a joyful noise to the God of Jacob.
For Babylon the Great is fallen.
Alleluia!
我らの力となる神にむかって高らかに歌え
ヤコブの神に向かって喜びの声をあげよ
大いなるバビロンは滅びたのだ
アレルヤ!

この文章をお読みいただき、ありがとうございました。別のnoteではベルシャザールの饗宴の音源動画をまとめておりますので、よろしかったらご鑑賞ください。

5月11日、Psalteryの動画がリンク切れしていたので、差し替えました。

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