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27歳の春休み(akane-chan skit)

「エリーツ7」掲載作
「27歳の春休み」(作:いとう)についての感想です。

4/6(thu)

神様の居ない街。
tofubeatsが何かのインタビューで、そう呼んでいたっけ。
1960年代以降の都市計画によって、山を切り崩して作られた街。
それがニュータウン。
元々、土の塊しかなかったその土地には、人々の築いてきた歴史なんてものはなく、
神様を祀る神社もなかった。
神様の居ない街で、あたしは、神様ではない何かに向かって祈り続けていた。

4/8(sat)

__ちゃんのことについて。
あたしと__ちゃんが出会ったのは大学生の頃だ。
何がきっかけだったのかはもう覚えていない。
ただ、なんとなく波長があったのだと思う。
当時、廃部寸前だった漫研に私たちは入っていた。
誰も近寄らない部室を私物化して、漫画や小説を持ち込みダラダラ過ごしていた。
いつの間にかYAMAHAのデカいスピーカーが置かれていて(あたしが買ったものだが)、
HipHopを爆音で掛けまくったりした(febbとか)。

……そういえば、あの時__ちゃんに借りた小説をまだ返していない。
左巻キ式ラストリゾート、全然読んでいません。ごめんね。

漫画は1ページも描かなかった。
__ちゃんは小説を書いていて、あたしはというと音楽をやっていた。
一度だけコミティアに出たことはある。
__ちゃんの書いた小説に、あたしがサウンドトラックのCDを付けた物を売った。
びっくりするくらい誰も買わなかった。
今思えば、なんで小説でコミティアに出たんだろう。
でも仕方がない。当時のあたし達は文学フリマを知らなかったのだ。
その日の夜は秋葉のサイゼリヤでオタクの悪口を言いまくった。
デカンタの赤ワインを4本くらい飲んだ。
そのサイゼリヤは出禁になった。

1年経って、安藤ちゃんがやってきた。
なんというか、安藤ちゃんの事はいまだによくわかっていない。
掴みどころがないというか、現実感のない子だ。
あたしと__ちゃんとは正反対の性格で、明るくて、いい子。
人の心の壁のひび割れからするりと入り込んで、警戒を解くのが得意だ。
器用だな、と思う。
漫研が男の集まりだったら確実にクラッシュさせていただろう。

3人になったサークル生活は、ごらく部や情報処理部のように永遠に続くかと思われた。
が、あたしの卒業によってあっさりと終わりを迎えてしまった。

4/14(fri)

子供の頃から、何かを決めるのが嫌いだ。
無限にある未来の中から1つを選ぶこと。
それは、残った無限 - 1の未来を捨てること。
それがたまらなく怖い。
じゃあ、何もしなければ未来は未来のまま存在してくれる?
いや、そんな事はない。
何もしないという選択をすれば、何かをするはずだった無限の未来が失われていく。

何をしても、ロスト・フューチャー。
何をしなくても、ロスト・フューチャー。

4/16(sun)

神戸、元町。
駅で出会った__ちゃんは耳に大きなフープピアスをしていた。
大学の頃はしまむらで買ったような服を着ていた__ちゃんは、
東京で暮らすようになってから、なんか、なんだろう、どんどんオシャレになっている。
服の知識がないので「昔のバンプオブチキンみたいだね」という感想を伝えると、
__ちゃんは全然ピンときていない様子だった。自分でもよくわかっていない。
でもわかることはひとつあって。
彼女はもう、大学の頃の彼女ではなくて、
アイデンティティーの確立した、1人の大人になっていた。

あたしも東京に就職していたら、こんなふうに変わっていたんだろうか。
__ちゃんの話を聞きながら、捨てたはずの未来を夢想する。
東京に行くか、神戸に残るか、ずっと迷っていた。
あたしも日本に2000万人くらいいる地方の若者と同じく、
上京すれば何かが変わるという漠然とした希望を抱いていた。
東京と地方では触れられる文化の量も、質も違う。
地方にあるのはイオンモールだけだ。
文化はヴィレッジヴァンガードにしか存在しない。
あたしは神戸のニュータウンから逃げ出したかった。
変わりたかった。
変わるという、未来を……。

結局、選択することはできなかった。
東京への希望よりも、選択することへの恐怖が勝ってしまったからだ。
ロストフューチャー。

5/27(sat)

あれから、__ちゃんと安藤ちゃんはうまくいっているようだ。
__ちゃんが文学フリマで出した本を送ってきてくれた。
流行りのアニメの二次創作小説だった。
「なんか、昔の2ちゃんのSSみたいで、いいね」
感想を伝えたが、__ちゃんは全然ピンと来ていない様子だった。

さて、__ちゃんと安藤ちゃんは未来を選択したけど、
あたしは以前として何も変わっていない。
何も変わらないまま28歳。
28かぁ。

いや〜、しかしあっという間だよな
俺たち今年で28だぜ

そういやさ
飲み会の帰り道、突如やってくるあの虚しさ
あれなんだろうね
あれやばくね?
胸、痛くね?

MOROHAのFIRST TAKEを流して現実逃避してしまった。

何をしてもロスト・フューチャー。
何をしなくてもロスト・フューチャー。
神戸の端っこで、声出してるだけじゃもうだめだ。
どうせ失われる未来なら、何かひとつ選んでみようか。

「や〜、ごめんね。いきなり呼び出して。」
「別に、いいですよ。で、なんなんですか、あかねさん。頼みたいことって。」
iPhoneのDiscordアプリから__ちゃんの声が響く。
「実はね、新曲を作ろうと思ってて。」
「え、あかねさんまだ音楽やってたんですか?就職してから辞めちゃったのかと思ってました。」
「やってたよ、ちまちまだけどね。で、お願いなんだけど。」

「__ちゃんに、歌詞を書いてほしいんだ。」

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