望郷

『望郷』作:細谷
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あに(アニ)
→兄。

ヒロ(ヒロ)
→弟。

あに(アニ)(男):
ヒロ(ヒロ)(男):


ヒロ あに。あに。聞こえる?

あに ん。大丈夫そう。
   そっちは?

ヒロ 大丈夫。聞こえるよ。

あに オンライン飲みなんて初めてだわ。

ヒロ 俺も俺も。
   気になっててさ、一回やってみたかったんだ。

あに セッティングめっちゃ大変だった。
   もう二度とやりたくない。

ヒロ ちょっとちょっと。
   まだ始まってもないでしょ。

あに じゃあさっさと飲むぞ。。

ヒロ 待って!先に飲まないで!!

あに は?

ヒロ 乾杯しよ。

あに オンラインなのにそういうの必要なの?

ヒロ 様式美ってやつだよ。

あに めんどくせ。

ヒロ あに。

あに はぁ。
   ……乾杯。

ヒロ カンパ~イ。

あに ……あー、これウマ。

ヒロ あに、何飲んでんの。

あに 英語だから読めない。

ヒロ 見せて。

あに どう?見える?

ヒロ もうちょい近づけて。
   ……うわ。これ度数高いやつじゃん。

あに え?
   ……ああ、ホントだ。

ヒロ 買うとき見なかったの?

あに 見たけどさ。
   果汁とアルコール度数見間違えた。

ヒロ 相変わらずだな~。

あに お前は何飲んでんの。

ヒロ ハイボール。

あに あのオッサンが描かれてるやつか。

ヒロ なんかその言い方やだなあ。

あに ホントの事だろ。

ヒロ そうだけどさ。
   もっと他に言い方あるでしょ。

あに お前、そういうの飲むようになったんだな。

ヒロ そういうのって?

あに なんか……大人が飲むようなやつ。

ヒロ なんだそれ。

あに 前はもっとジュースみたいなやつ飲んでたじゃん。

ヒロ そういうのも好きなんだけどさ。
   糖質が多いからねぇ。

あに へぇ。大人になったねぇ。

ヒロ そもそも酒は大人しか飲んじゃダメだから。

あに はは。それもそうか。

ヒロ あには相変わらず、変なヤツばっかり飲んでるね。

あに 変なヤツってなんだよ。

ヒロ その辺であんまり売ってなさそうなヤツ。

あに ああ。個性的って言うことね。

ヒロ ポジティブに言えばそうだね。

あに お前とか母さんが嫌いな奴だ。

ヒロ そういう言い方しないでよ。

あに そうだろ、実際。

ヒロ 嫌いって言うか……。

あに じゃあ、苦手?

ヒロ ……なんて言うか、慣れてないから、びっくりしちゃうって言うか。

あに ふーん。
   んで、どうだ。

ヒロ 何が?

あに オンライン飲み。

ヒロ 楽しい。

あに ほんとか?

ヒロ ホントホント。
   なんかスゲー新鮮。

あに へぇ。これは楽しいんだ。

ヒロ 性格悪いこと言わないでよ。

あに 友達とやったらいいのに。
   その方が楽しいだろ。

ヒロ あにと飲みたかったんだよ。
   最近実家にも帰ってこないじゃん。

あに 帰れるわけないだろ。こんな状況じゃ。

ヒロ たまには帰ってこいよ。
   かーちゃん寂しがってるぞ。

あに そうは言ってもさ。
   帰るに帰れないよ。

ヒロ 大丈夫だよ。

あに 何が。

ヒロ みんな会いたがってるから。

あに ……それでもダメ。

ヒロ なんでだよ~。
   ていうか、こんな状況じゃなくてもさ。
   いつも全然帰ってこないじゃん。

あに そうだっけ。

ヒロ そうだよ。
   長男のクセにさー。
   実家に帰らなすぎ。

あに お前がいるからな。

ヒロ どういう意味。

あに 頼むぞ、次男。

ヒロ 都合がいいなぁもう。

あに ははは。

ヒロ 外で飲めるようになったらさぁ。
   カラオケ喫茶行こうよ。

あに ああ、実家の近くの?

ヒロ そうそう。

あに まだ頑張ってんだ、あそこ。

ヒロ うん。
   せがれさんも実家帰ってきてさ、色々頑張ってるみたいだよ。

あに へえ。

ヒロ ガキの頃、母さんによく連れてかれたよな。

あに そんなこともありましたなぁ。

ヒロ 母さんがあにの歌、聞きたがってたよ。

あに 俺、なんか歌ってたっけ。

ヒロ ほら、そこ行くと何回も同じ曲歌ってたじゃん。

あに そんな昔のこと覚えてないよ。

ヒロ ほら、『愛がどうたら』とか。
   『希望の光がなんちゃら』みたいな。

あに そんな曲、いっぱいありすぎて分かんないよ。

ヒロ え~。俺あの曲好きだったのに。

あに 調べたら出てくんじゃねぇの?

ヒロ あにが歌ってるのが聞きたいんだよ。

あに 何でだよ。

ヒロ だって、もうあにの声で再生されるんだもん。

あに なんじゃそりゃ。

ヒロ 母さんに聞いたら覚えてるかな。

あに 無理無理。
   もう歳なんだから。そんなことに脳の容量使ってないよ。

ヒロ えー?かーちゃん結構昔の事覚えてるよ?

あに それはお前の事だからだろ。

ヒロ あにの事だってちゃんと覚えてるよ。
   てか、そんなに年じゃないし。

あに はは。どうだろうねぇ。

ヒロ ……なぁ。もしかして、まだ怒ってんの?

あに 何で?

ヒロ かーちゃんの話になると、あたり強くなるじゃん。

あに そんなことないだろ。

ヒロ かーちゃんも、俺も。すげー反省してるから。

あに 何のこと?

ヒロ 俺とあにを天秤にかけたこと。
   挙句俺を選んであにに『出ていけ』って言ったこと。

あに ああ、あったね、そんなこと。

ヒロ 俺もあにのやさしさに甘えてて……。
   あにの気持ち考えてやれてなかった。

あに まぁ、仕方ないだろ。

ヒロ かーちゃんも馬鹿だよな。
   早くから働いて家に金入れてたあにを切り捨てて。
   ごくつぶしの俺を選ぶなんて。

あに あの時はそうするしかなかったんだろ。

ヒロ でも……。

あに お前の方が俺より愛想も要領もよかったから。
   一緒にいるならお前の方が良かったんだろ。

ヒロ あに……。

あに ほら、せっかく久しぶりに飲んでんだから。
   酒不味くなるような話すんなよ。

ヒロ うん……。うん、ごめんね。
   ありがとう。

あに ん。

ヒロ いつかさ。
   俺とかーちゃんとあにの三人で。
   こうやって飲める日が来るといいな。
   かーちゃん、きっとすっごい喜ぶと思うなぁ。
   ねぇ。あにもそう思うでしょ?

あに ……馬鹿じゃねぇの?

ヒロ ……あれ?
   おかしいな。聞こえなくなっちゃったよ。

あに 俺さ、お前らの事、大嫌いなんだよね。

ヒロ おーい。あに。なんか変なとこいじった?

あに どんぐらい嫌いかって言うと。
   死んでほしいくらい。

ヒロ カメラもズレてるよ。
   あに。あに。聞こえる?

あに ほんとに、死んで欲しいくらい嫌いでさ。
   なんでこんなのと血がつながってるんだろうって。

ヒロ 電話かけてみるか……。

あに いっそ死んでやりたかった。

ヒロ 出ないな……。

あに 俺は、ずっとお前が怖くて。
   自分が正しいと疑わないお前が、怖くて。

ヒロ あに。あに。聞こえる?

あに やっと逃げてきたと思ったら、また捕まって。
   家族に縛り付けられて。

ヒロ あに。返事してよ。ねぇ。

あに ディスプレイ越しでもさ。息苦しくて仕方ないよ。
   マスク何重にもしてる方がマシって感じ。

ヒロ あに!!

あに ……どした?

ヒロ 俺の声、聞こえてる?

あに ……聞こえてるよ。

ヒロ 良かった。
   急に声聞こえなくなんだもん。
   びっくりした。

あに ごめんごめん。
   難しいな、オンライン飲み会。

ヒロ 何回もやってれば慣れるよ。
   だって。

あに だって?

ヒロ だって……。

あに ……ヒロ?

ヒロ ……ごめん。酒切れた。
   コンビニ行ってくる。

あに おう。行ってらっしゃい。

ヒロ 切らないで待っててね。

あに はいはい。分かってるよ。

ヒロ 帰省の話さ、考えといてね。

あに ……ほら。
   いいからさっさと買ってこい。
   待っててやるから。

ヒロ うん、ありがとう。
   行ってきます。

あに ……俺が帰るまでにあの店、潰れてるといいな。

ヒロ ……あに。
   ミュート。忘れてるよ。

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