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スプリンターズステークス、新馬先生はこう見る

プロローグ

先週の日曜日、布団で寝ぼけ眼の中、
backnumberの「水平線」を聞いていたら、
背中を強く蹴られた。
誰に蹴られたかすぐに分かった。
暴れっぷりはさながら、本家に負けず劣らず。
「痛いよ」
と言うと、彼女は
「ごめんね」
と軽く返して、ニヤッと笑った。
小学校2年生になった彼女のキックは思いのほか、
背中をジーンと刺激し、
なぜだか、そんなところに彼女の成長を感じた週末の朝。

我が家にはメイケイエールがいる。
そう彼女を例えたのは、僕の兄だ。
元々、競馬がそんなに好きではない我が家も、
メイケイエールがレースに出る時には心から応援をするようになった。
敵は自分自身、試行錯誤をしながら自分の溢れんばかりの感情を制御し、
精一杯走る駿馬。
思い返すと、もう1年、彼女が勝っている姿を見ていない。

考えると、この1年、
いや、3か月は色々なことがあった。
転職した職場は完全外資系。
今まで20年来、日本の社会で揉まれた自分にとっては
全てが異世界に感じた。

「海外で走る馬の気持ちがわかったか」
兄は励ますでもなく、馬鹿にするでもなく、そう揶揄した。
毎朝、不眠気味で疲れ切っていると電話で臨床心理師の兄に聞いたが
具体的な解決策は出してくれなかった。

代わりに兄はこう言った。
「寝れないことより、寝れている時間を数えな。そうだ、また来月メイケイエールが走るぞ。あと数えるくらいしか見られないかもしれないから、目に焼き付けておけ。」

出来ないことより、出来るようになったこと。
確かに僕は娘の成長をそうやって見てきた。
周りの子に比べれば、飲み込みは遅いし、出来ることは定形発達に比べれば少ない。

でも、彼女はいつも精一杯出来ないことも、
出来ない自分に悔しいと思いながら、
目元一杯に涙を溜め、机に向かう姿を見た。
繰り上がりの足し算も、繰り下がりの引き算もゆっくり覚えていく。

折り合い。
自分自身との折り合い。
そんなことを考えていたら、なぜだかこんな台詞が頭を巡った。
「人は歩みを止めた時に、そして挑戦を諦めた時に年老いていくのだと思います。」
と言ったのは誰だっただろう。

そんなことを思ったら、その日の夜はとても深い眠りについた。
そして翌朝、やっぱり閃光のような衝撃が背中を襲う。
我が家のメイケイエールは、今日も僕に強烈なドロップキックを浴びせた。

「ごめんね」

と笑顔で謝る。
良かった、君は今日も元気だ。

さてと、そろそろスプリンターズSの予想を始めよう。

調教診断

調教評価第1位

1 ナムラクレア

1週前追い切りは破格の動き

以前は坂路のみの動き。ところが1週前の追い切りは、浜中騎手を乗せてCWを併せ馬で。精神的な成長を感じさせた。もちろん最終追いは坂路で軽めに。万全の出来。

調教評価第2位

13 ジャスパークローネ

最終追いの坂路は理想的なラップ

団野騎手を乗せた坂路は圧巻。スプリンターの理想的なタイム、内容だった。
中山の急坂でもこの馬力であれば。
充実一途。連勝中の出来をそのまま感じさせる勢いのいい調教。

調教評価第3位

6 ママコチャ

1週前CW6F直線で綺麗なストライドから伸びた

力強さを感じさせた1週前のCW、2週前もCW6Fをラスト11.5。
最終坂路で川田騎手を乗せて24.0-11.6。平坦コースよりも坂などパワー型に見える。
ポイントは追走だが、早い馬の後ろに好位置につけられれば。

調教評価第4位

15 キミワクイーン

1週前、併せ馬に影をふませぬ出来。

1週前の動きが抜群。ラスト1Fは11.4。
前走からの動きだと雲泥の差に感じた。
ただまだ少しクビが高く、広いストライドに対して体が伸び切っていない、切れ味勝負だと少し分が悪いので内枠が欲しかった。ただ出来上昇度だとメンバー屈指。

調教評価第5位

7 オールアットワンス

1週前破格の動き

スピードという点で出来の良さを見せたのがこの馬。1週前は併せ馬(3勝馬)を早々に突き放した。
ただ気になるのが手前。左手前の動きが少しだけぎこちない。
どうしても追っかける展開になる際馬群でこれがクリア出来れば1発あるか、千直のアイビスSDを連覇しているので侮れじ。

エピローグ

今日も水平線を聴きながら、目が覚める。
娘のキックは今日はなかった。

水平線が光る朝に
あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に
誰かが綺麗と呟いてる
悲しい声で歌いながら
いつしか海に流れ着いて 
光って
あなたはそれを見るでしょう

「水平線」backnumber

「あのね」
と、ある日妻に教えてもらった。

娘はでんぐり返しが出来ない。
とある日、学校からの連絡帳に記載があったらしい。
特別支援級で1.2年生合同の体育での出来事。
それを母親から問いただされた娘は
「怖い」
と、出来ない理由を教えてくれた。

ASDの個性にある特徴の一つに、
知らないことに対して過剰な恐怖があるという。

でも、彼女は次の日から、
毎朝、5分だけ
柔らかいマットレスででんぐり返しを練習し始めた。

父の背中は彼女の安全マット代わりになっていた。
そして、昨日、学校の体育で彼女はでんぐり返しを成功させた。

その日の連絡帳、担任の先生から
「少し右に曲がりましたけど、綺麗なでんぐり返しで娘さんの努力を感じました。下級生もその姿を見て拍手してました。」

考えたら、本家もデビューから3歳の頃は、真っ直ぐ走れず迷惑をかけていたな。
そんな所まで似なくていいよ。
でも、偉いな。

水平線が光る朝に
あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に
誰かが綺麗と呟いてる

「水平線」backnumber

彼女の毎朝5分の努力を
他人は知らない。
でんぐり返しが出来ること、
そんなものに価値を他人は見出さない。
でも、僕の背中には少しだけその軌跡の痕跡代わりのアザがまだ残っている。
見えるものの価値は人によって違うんだ。

にいちゃん、確かに出来ることを数えていく方が人は幸せかもしれないね。
そして、急に思い出す。

「人は歩みを止めた時に、そして挑戦を諦めた時に年老いていくのだと思います。」
と言った人のことを。

彼はその後にこう続けた。

この道を行けば
どうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けばわかるさ

アントニオ猪木

メイケイエールに願うこと、
どうか、無事に走り切ってほしい。
どんな着順でも、僕は拍手を送ろうと思う。

けれど、どこかで淡い期待。
もちろん勝ってほしい。
ハミを代えて、健気な努力を続ける君に。
だから、君の名の通り、
3度目のスプリンターズS挑戦をこんな応援で飾ろうと思う。

1.2.3ダァーーーーー!!!!
3回目の挑戦に挑む彼女にどうか幸あれ。

10月1日。
ちょうど1年前に亡くなった
アントニオ猪木さんが背中を押してくれますよう。

そうそう、猪木さんは生前にこんなこと言っていた。

「うーん、ラッキーナンバーってこともないんだよね。特に2や8がらみで、よかったこともないし。でも何でか分からないけど、2と8に縁があるってことだな。俺はホント、必ず2か8が入ってるんだよね」

僕は改めて出馬表を見てニヤリとした。
こんな偶然あるんだな。

2023年
スプリンターズS
僕の、
我が家の本命は
◉ 8 メイケイエール

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