コーヒー助平
この小説は、冒頭800文字の面白さを競う比類なきコンテスト《逆噴射小説大賞2020》の応募作です。
日本のプアオーバーというコーヒーの淹れ方に憧れた。彼の国のマイスターは言った。
「珈琲豆と話をするんだ。いい豆もわるい豆もあるが話してみたら仲良くなれるもんだ」
場違いを承知で僕は大学のダンスパーティに来ていた。カウンターの中で下を向いて黙々とコーヒーを淹れてる。
「ねえ」
なのでマギーに呼ばれてもすぐ気づかなかった。
「エッセルは踊らないの?」
顔を上げてどきりとした。ドレスアップしたマギーに恋をしない男はいない。
「き、今日の僕はコーヒー屋だから」
本音は、恥をかきたくない、だ。
「あらそう」
彼女も僕なんて眼中に無いだろう。笑顔が最高な皆の女神だ。でも……
僕は勇気を出した。
「ねえマギー」コーヒーは好きかい? 良ければ一杯どう?
と言う前に、
「ヘイ! マギーどうした?」ロイが来た。嫌だなぁ。「このギークに用事か?」
「そう。話してた」
「へぇ。エッセル何の話してたんだ?」
「いや……あの」
「ほら何でもないってよ! マギー、行こうぜ。ジグが良いもん持ってきたってよ」
「へぇー……何だろう」マギーは困った様子で僕をちらと見たが、目をそらしてしまった。
「ほら行こうぜ」
「そうね……またね、エッセル」
ふたりは奥のテーブルへ行ってしまった。そこには高級スーツの男。あれがジグ? 手にした何かを掲げている。豆粒ほどの大きさだけど僕にはわかった。
コーヒー中毒のバサラ爺が言ってた。
「俺ぁ、人を惑わせるモンは大体やったがコーヒーは最高だ。だがジグってロースターの焙く豆には気をつけろ。その豆で淹れたコーヒーを飲むと魅了されて何でも言うこと聞いちまうらしい」
あれが!?
僕はカウンターを飛び越えた。
「どいて!」
人混みをかき分けて走る。マギーを放っとけるか。それに……
「ヘイ! ジグ!」僕は叫んだ。視線が集まる。「それ珈琲豆だろ? 淹れ方は決まってる? プアオーバーなんてどうだい?」
その珈琲豆と話したい!
〈つづく〉
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