![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/97143014/rectangle_large_type_2_0de20dbd7505aa8fe8b65ef5cb3bcd2a.jpeg?width=1200)
2023年2月3日
言葉のイメージの変遷に躓いてしまうことがある。
例えば昨日のnoteで「尊い」という言葉を使ったが、これも今では「(推しが)尊い」というような使い方を多く耳(目)にし、ライトでカジュアルなイメージの方が強くなっている。
言葉がどんな使い方をされようが意味が変わっていこうがそれはそれで面白い事象の1つなので否定的な思いはないが、その言葉を目(耳)にした時の硬さと言うか質感と言うか湿度と言うか触れた瞬間の脳の理解がどこに向かうかを気にしてしまう。
決して意味が間違っているのではないが、今これを使うと一瞬でも変な読まれ方をしてしまうかもしれないと構えてしまう。
ではそうならない代わりの言葉に置き換えられたらいいのだけれど、こちらもそれほど言葉を知っている訳でもなく結局そのままにしてしまう。
自分の語彙力に歯痒い思いをしながらも、言葉って面白いなと改めて思う。
ギタリストの癖に何の話をしているのかと思われるかもしれないが、専門外だからこそ無責任に饒舌になれることはある。
いつもありがとうございます。 弦を買ったりおいしいおやつを買ったりします。