空気と同化できる男のはなし(小説?)

静かなる男

3年A組のあいつは静かなる男である。
ずっとそうである。あいつは静かだ。
本人もそれを認識してはいるようだが、特に不満もないようである。

彼は意見しない。この前の運動会では誰もやりたがらない長距離走を引き受けていたし、修学旅行の班も余った班に入ったのだった。

そんな彼は、次第に空気中の粒子と同化できるようになっていた。
原理は至極単純、人体の構成物質は水、炭素が主である。彼は理科で習った地球についてぼんやり考えているとき、人体と地球は等価であることに気が付いたのである。

彼はこの体で何をするわけでもなかった。来る日も来る日も、空気人間であり続けた。
それから、幾か月か経ったあくる日にはついぞ自分の形というものを忘れてしまっていた。
帰るべき器がもうどこにもないらしい、とそう思った彼は無性にクラスメイトに腹が立ってきてしまって、今度は空気という存在をアピールしようと試みたがこれも失敗だった。

このとき、彼は自分を多いに恥じたのである。そのとき、つむじ風が窓からぴゅうっと吹いてきて、粒子は分からないほどに散乱して、彼の存在は消えた。最初から吹けば飛ぶようなものだったのである。

気にしないで。

おしまい。

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