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僕たちは「本質」をどうとらえているか — コナトゥスという概念について

今回もスピノザの『エチカ』より、「コナトゥス」というスピノザの有名な概念についてづづっていこうと思います。

「コナトゥス」とか聞くと、また哲学者が小難しい言葉使いやがって、と思う方もいると思います。僕も心の底からそう思います。たまにイライラします。しかし、哲学者は既存の言語で表現することができないことを、言語化し概念化するというのが仕事でもあるのです。そして実は僕たちも普段から小難しい言葉を何も考えもせずに、当たり前のようにガンガン使いこなしているのです。

例えば「風(かぜ)」という言葉。

風というのは、空気の移動の総称にすぎません。その太陽の光による熱と、地球の自転が織りなす超ハイパーカオスな空気の移動のことを僕たちは「風(かぜ)」という変てこな記号一個と二音で表現し、一瞬でそのものを理解し共有しています。

「風」なんていう実態はないのにです。

驚愕です。

なので「コナトゥス」という言葉を聞いても別にビビる必要はありません。  進みましょう。

「コナトゥス conatus」とはあえて日本語に訳すと「努力」となりますが、僕たちが考えるあの努力とは異なります。「ある傾向をもつ力」、「自分の存在を維持しようとする力」ということです。もっというと「個体の活動能力を高めてくれる力」です。

例えば身体から水分が減ると、「水が欲しい」という様態になります。僕たちの中には常に自分の恒常性を維持しようとする傾向をもった力が働いています。

スピノザがコナトゥスについて定義した定理が次のものです。

おのおのの物が自己の有に固執しようと努める努力はその物の現実的本質にほかならない。

『エチカ』第三部定理七

ここは重要で興味深いところです。ある物のコナトゥスという力が「本質」であると言っているのです。これだけを聞くと「うんうん、で?」となるかもしれません。僕もよくなります。
しかしここで哲学史的にも大きな概念の転換が起きているのです。

古代ギリシアの哲学は「本質」を「形」ととらえていました。ギリシア語で「エイドス」と呼ばれるものです。本質は「見かけ」や「外見」、その物の「形相」と考えられていたのです。しかしこれではその物の「本質」を見失うことになります。そしてこのエイドス的な考え方は、現代に生きる僕たちと無関係ではありません。

例えば競走馬と牧場の馬、牧場の牛がいたとします。僕たちは競走馬と牧場の馬を一つの括りとして考え、牧場の牛を別だと考えます。しかしこれは「エイドス(形相)」にとらわれた考え方であり、本質を見失っていることになります。
「コナトゥス」という観点から見ると、牧場の馬と牧場の牛が一括りとなり、競走馬は全くの別ということになります。牧場の馬と牧場の牛はコナトゥス的(本質的)に近い関係にあり、競走馬は全く別のコナトゥスを有しているからです。

馬は馬であって形相も同じですが、「本質」が全く異なる。
競走馬と家畜の馬は”全く別の存在”なのです。


そしてこれは人間についてもいえます。

例えば男性と女性というのも、エイドス(形相)としてとらえることもできますが、そうすると例えばある人が強制的に女性を本質とする存在としてとらえられることになります。その人がどんな性質の力をもち、どんな傾向の力をもっているのかということが完全に無視されてしまいます。(これがジェンダートラブルに発展している大きな原因の一つだと僕は思う)

エイドス的判断は「あなたは女性であることを本質としているのだから、女性らしくありなさい!」「男は男らしくしなさい!」という本質を見失う判断になってしまうわけです。見て考えなければならないのは、一人ひとりのその物がもつ力の性質であり、その力のベクトルの傾向であり、その力の組み合わせです。なのでエイドスに基づく判断(女だから、男だから)はあまりにも抽象的すぎるのです。

あなたも会社で、家庭で、学校で、色々な場面でこのような判断をしていませんか?

「本質」を「コナトゥス」としてとらえることは、僕たちの生き方に深く関わってくる大切なものの見方、考え方なのです。

そしてこのようなスピノザのOSは、後の大哲学者ニーチェの超人思想、肯定以外存在しないという「永劫回帰」、ドゥルーズの「差異と反復」へと脈々と受け継がれていくことになるのです。


最後に少し話しがズレますが、one ok rockという日本のバンドが歌う「Stand Out Fit In」という曲が、世の中に蔓延するエイドス的判断を美しいメロディーに乗せ批判しています。
まさにロックですね。
MVも芸術的で本当に素晴らしいです。
僕の大好きな曲でもあるので、興味がある方は是非聴いてみてください。



「はみ出して、なじめ!」


イェイ



〈参考テキスト〉

『エチカ』- スピノザ
『スピノザ-読む人の肖像』- 國分 功一郎
『はじめてのスピノザ』- 國分 功一郎
『100分de名著– エチカ』- 國分 功一郎
『スピノザの世界』- 上野 修

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