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アメリカグランドサークルをめぐる夫婦旅④

今日のキーワード(KIN28)

(Maya Miracle Diaryより抜粋)

太陽の紋章:黄色い星

「姿・形を美しくする均整の美と調和」
総仕上げをする期間
「仕上げる」「美と調和」「芸術」「気品」
などを意識して過ごしましょう。

銀河の音:2

「2極化・挑戦」
余分なものは捨てて、振り分け身軽にして挑戦しましょう。

意識する潜在意識

青い手(6月14日~6月26日)
「遂行・知る・癒し・成就させる力・理解し把握する」
それぞれの現場で、把握、理解し
粛々と「やるべき事」を遂行してみましょう。


心に残るネイティブアメリカンの言葉

We don’t inherit the earth from our ancestors, we borrow it from our children.
-Native American proverb 

私たちはこの地球を先祖から受け継いだのではない。子供たちから、この地球を借りているのだ。
‐アメリカンインディアンの言葉

***日本語訳はあくまでも私流です。***


グールディングの歴史


西部劇の神様と呼ばれた、アメリカの映画監督ジョン・フォード(1894年~1973年・73歳没)という人物を知ってますか?

西部劇好きではなくても、聞いたことがある人は多いと思います。
 
アメリカ西部の原風景「モニュメントバレー」の写真と最後の有り金60ドルを握りしめて、このジョン・フォード監督に会いにいった男性がいます。

彼の名前はハリー・グールディング。私たち夫婦が今回のモニュメントバレーへの旅で、3泊4日お世話になったロッジの創設者です。



ハリーは羊のトレーダーで、新しいビジネスチャンスと身を落ち着けるホームと呼べる場所を探していました。

そして1920年代に妻のマイク(ニックネーム)と一緒にモニュメントバレーを訪れ、その土地に惚れたのでした。
 
当時モニュメントバレーの一部はネイティブアメリカン・パユート族の保留地だったのですが、パユート族の保留地が移転することになり、その土地が売りに出されたそうです。

このチャンスを逃すまいと、グールディング夫妻はその広大な敷地を購入、そしてトレーディングポスト(未開地原住民との交易所)を建てたのでした。

このタイミング、すごいと思うのは私だけ!? ナバホ族の人々の目に見えないエネルギーがグールディング夫妻をひきよせたのでしょうか!?

ただ、先住民の土地を「Reserve=保留地=取っておいてあげた土地」みたいなニュアンスがあるこの言葉には、違和感があるのが私の正直な気持ちです。


モニュメントバレーの一帯は、UFOの目撃証言が多い場所としても知られています。

余談になりますが、モニュメントバレーの写真と一緒に

「無事にロッジに着いたからね!」

っと子供たちへiPhoneからグループメッセージを送ったとき、息子からの返事は

「UFO目撃するかもよ!」

っとう一言でした(笑)
 

UFOが突然現れても
全然おかしくない!


話しを戻して・・・
 
グールディング夫妻のビジネスは、最初はナバホ族の人々と一緒に、テントでの交易所からのスタートでした。

食べ物や手作りの敷物、アクセサリーなどを交易していたそうです。

そして数年間のテント生活後、グールディング夫妻は半永久の建物を建設しました。それが現在のミュージアムになっています。



 ただ・・・
 
とても残念なことに、私たちが訪れた時は工事中で入れなかったんです(悲)

「きっとまたすぐ遊びにきなさいね!」
というメッセージだねー(笑)

っと
勝手に解釈しています♡
 

閉まっててショック…
でもまたすぐ来るねー♡


ハリウッドとモニュメントバレーの出会い


1930年代にアメリカで起こった大恐慌の影響で、ナバホの人たちが苦しむ様子を見る中、映画製作会社が南西部に良いロケ地はないか探しているという情報を耳にします。
 
ハリーは映画制作会社の人たちをモニュメントバレーへ連れてくれば、ナバホの人々にとって良い収入源になるのではないか!と考えました。
 
そして、ハリーと妻のマイクはカリフォルニア州ハリウッドへ、有り金の60ドルとモニュメントバレーの写真を持って旅へ出たのです。

彼らの運の良さと忍耐力のおかげで、なんと!ジョン・フォード監督に会うことができたのでした!
 
ハリー夫妻から手渡された写真を見て、ジョン・フォード監督は、次の映画のロケ地にピッタリだと感じ、数日後にはスタッフを連れて、ジョン・ウェイン主演の「駅馬車」の撮影が始まったのでした。


 
 英語のタイトルは「Stagecoach(ステージコーチ)」。モニュメントバレーへの旅が決まってから、私もすぐ見ました。

白黒の時代なので、赤肌の素晴らしい岩山の迫力が分かりずらくてもったいないなーっと正直思いましたが、それでも高くそびえるモニュメントバレーのシルエットは美しく、当時映画を見た人たちにとっては強烈なインパクトだったに違いありません。


宿泊中は毎朝このサンライズとともに
1日を感謝でスタート


 
その後もグールディング夫妻は、映画関係者や写真家、美術家、観光客などを受け入れ続け、ロッジとレストンも建てられました。

レストランからの眺めは最高!
お料理は全て薄味




 
1962年には、イリノイ州のノックス・カレッジ氏が交易所とロッジを引き継ぎました。その後ハリーは体調を崩してしまい1981年に亡くなり、妻のマイクは1992年亡くなったそうです。
 
グールディング夫妻の開拓者スピリットのおかげで、モニュメントバレーは世界中の人々に愛される場所になったのでした。
 


この記事はグールディングズロッジの公式サイトに掲載されている記事を、実際にその地を訪れ、アメリカの原風景を5感で味わった体験談を交えながら書きました。

次回はいよいよ、The Viewホテル、そして実際にモニュメントバレーに足を踏み入れた様子をお届けしますね☆

丁寧に楽しみましょ♡
Enjoy the little things!


(この記事は、まぐまぐ!さんの有料メルマガで書かせてただいたものの一部を、編集したものです。)



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