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続 この街から手話通訳がなくなったら〜桜が芽吹くころ〜

 3月某日、私はその日のために奔走していた。役所で街の通訳者向けに通訳派遣の説明会が行われることになったからだ。そこにろう協役員も参加することになり、根回しやら説明会の通訳派遣やらを市役所担当者と相談し、県に派遣交渉をするなど、これまで体験もしたことのない調整に昼夜問わず追われることとなった。

連日、夜にはろう協の理事からのラインが飛び交い、それぞれの想いに耳を傾けた。

そして、迎えた当日。当初の予定よりも遥かに超える人数が集まることとなり、コロナが蔓延しつつある現在ではなし得ない、濃密な会議となった。

結果から先にお伝えすると、4月から市が直轄で通訳派遣のコーディネーターをすることとなり、特定の個人の裁量で手話通訳が派遣されるということは無くなった。これは、他の市町村では当たり前のことだが、我が街にとって10年以上続く歴史が変わる歴史的瞬間となった。

高齢ろう者が手話通訳を使わない理由

 ある一人の高齢ろう者に私は説明会前にインタビューをしていた。内容は、「高齢ろう者の介護について」であった。話を進めていく中で、彼は医療場面の通訳について、次のように語った。

医者の言っていることが専門用語でわからない。通訳は使わない。理由は、秘密を言いふらすかもしれないから。息子や家族にお願いしている。

 彼の奥さんもろう者(聴覚障害者)なので、息子に通院同行をしてもらっているそうだ。私は彼に、過去に通訳が秘密をもらすことはあったかを聞くと、ない‼︎と応えた。では、なぜそんなことを言うのだろう…実は、しばしばこの手の理由で高齢ろう者が通訳を拒むケースに遭遇したことがある。

私が思うに、高齢ろう者(若い世代にも言えることだが)の心理として、自分の知らないところで情報が錯綜している(噂されている)のではないか、という不安を抱えている人が多い。また、自分と通訳以外の人が自分の情報を知っているような素振りをみせた途端に、通訳者が秘密をバラしたのでないかという疑心が生まれてしまうこともある。関わる私たちはこれらを理解しておくことが必要だろう。

以上のような不安は、耳が聴こえる私たちではなかなか理解できない感覚だ。なぜなら、私たちは意識しようがしまいが、自然と耳から音として情報が入ってくるからだ。さしずめ、情報のシャワーを毎日、無意識に浴びてるとも言える。一方で、ろう難聴の方々にとって情報は自然に入ってくるものではない。字幕がなければテレビの情報を得ることができないし、自分で媒体にアクセスしなければ、情報を得ることができない。彼らにとって情報は獲得するモノなのだ。

他方で、手話は内緒話をしづらいという特性がある。手話は公開言語とも呼ばれ、知らず知らずに手話で話しているところを他のろう者に見られてしまうことがあるからだ。通訳者は現場以外で依頼者と現場のことを話さないようにしているが、「先日はありがとう」などとろう者が不意に手話で通訳者に話しかけてしまった時点で、ろう者自身が無意識に情報が漏洩してしまうこともあるのだ。

高齢ろう者が街の手話通訳に対して思っていたこと

 そんな高齢ろう者の彼が説明会で、誰よりも先に手をあげた。そして、皆の前で話し始めた。

これまで、手話通訳を依頼しても決まった人ばかり、きちんと資格を持ってる人がくるかと思えば講習会を終えたばかりの人もいた。若いろう者たちがかわいそうだ。今日、街の通訳制度が変わると聞いて参加した。新しい通訳者にも頑張ってもらい、通訳が良くなることを祈っている。今日、聞いたことを高齢ろう者たちにも伝えたい。

先日、通訳使わないと言っていた彼がこんな想いで説明会に臨んでいるとは、晴天の霹靂。少し空いた口が塞がらなかったが、明らかにこの説明会にろう者が期待を寄せていることと、一人の高齢ろう者の気持ちを動かしたことを確信した。私の苦労も浮かばれる形で、この説明会は幕を閉じたのだ。

説明会のあとで

 4月初旬、新型コロナウィルスの緊急事態宣言が全国にしかれる前に、この街の通訳者として初めて通訳現場に赴いた。私が移住して一年が経とうとしていた。こんな危険性しかない通訳のはずなのに、この街のろう者と地域のために通訳に立てたことが純粋に嬉しいと感じた。

今、変えようと言ってくれた社長
一緒に変えるために訴え続けたろう協の役員
いつも相談にのってくれた通訳の先輩
遠くに居ても支えてくれる東京時代の仲間達

支えてくれる仲間と一緒になって、街の手話通訳を守っていくことにつながったと思う

まだまだ続く未来のために、ここで歩みを止めるわけにはいかない。しかし、まだこの時は新型コロナウィルスという脅威との闘いに突入するとは、誰も知る由もなかった。(続く)

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