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本番について(2)観客

ライブはお客様が来てくださって成り立ちます。
当然の事ながらお客様無しには我々は生活できませんが、そうした興行的な側面にとどまらず、「誰かに聴いてもらう」という行為は音楽の根源要素のひとつでもあります。

ソロライブを始めた20代の頃。
お客様はありがたい存在であると同時に大きなプレッシャーでもありました。

このプレッシャーの元は
「お客様に楽しんでいただけるだろうか。」
という崇高な心持ちなどではなく
「ステージ上で恥をかきたくない。」
という一点に尽きます。

割とハッタリで生きてきた私ではありますが、自分の音にも曲にも自信が無い時期というのは当然ありました。
「自分がたとえ悪い状態でもお客様には関係ない。ステージに上がる以上は、自信を持ち萎縮する事だけはしないぞ!」
という、一見良さげな悪循環に簡単に陥ってました。

私の経験上、自信は「気持ち」では生まれません。
「強い気持ち」という言葉をよく聞くようになりましたが、私はその言葉についてかなり懐疑的です。局面においてただ単に気持ちを強く持とうとすると、状態が凝り固まるだけで決して良い方向にはいかないと思っています。


自分にとって転機となったのは、他の人のライブを観客として見に行った時の事です。
客席で開演を待っている時に「楽しみだな」と感じている自分に気づいたのです。
ごくごく当たり前の事なのですが、これは思考的に不器用な自分にとって途轍もなく大きなひらめきでした。

そうか、お客様は楽しみなんだ、と。

それ以来、お客様はプレッシャーでなくなりました。目の前のお客様と、態度、言葉、何より音楽で会話できるようになりました。
「これいいよね?」と自分の音を投げかけるのか楽しくなりました。

こうしてみると、若い頃に「お客様に自信を持って対しなくては」と気張っていたのも、私なりに心を込めたコミュニケーションだったのだと気付きます。要するに拙かったわけです。周りが見えない若い頃は、そうするしかないのかもしれません。

でも若いプレイヤーでお客様がプレッシャーだと感じて悩む人には「自分の見栄を捨てて、演奏を楽しみにしてるお客様の空気に委ねて良いよ」とアドバイスしたいです。
私のように時間がかかったとしても、いつかその意味がわかる日が来るでしょう。

伊藤賢一
https://kenichi-ito.com

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