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弘大ロックバンド追憶#1

紫雨林『乞食』

 2005年に会社を辞めて3か月ほどアジア旅行をした。神戸港から中国・天津に上陸、長距離バスに乗ってひたすら西へと向かいながら、それぞれの町でCDをジャケ買いして歩いたものだが、北京で手に入れたのが韓国の4人組ロックバンド・紫雨林(チャウリム)の5集アルバム『All you need is love』(2004年)だ。
 そのころは韓国に対し特別な思い入れはなく、彼らについて知っていることは何もなかったが(当時の旅はまだガイドブックと口コミだよりで、旅をしながらネットで調べ物をする環境はなかった)、西安の路上で買った安物のポータブルCDプレイヤーで聴いてみると、中国のどのCDよりもこのアルバムが胸に刺さった。
 韓国では知らない者のいないヒット曲『ハハハソング』も良かったが、何度も聴いたのは5曲目だ。シンプルなロックサウンドとキャッチ―なメロディー、パワフルかつ鮮やかなボーカルは、バスの車窓を流れていく砂だらけの退屈な景色に実にはまり、開放感と未来への不安が交差する私を震わせた。その曲が『乞食』という身も蓋もないタイトルで、そのような醜い人物(※)を眺める者を描いた、少しのポップさもない内容だと知ったのは、半年後に韓国語を勉強するようになってからのことだ。

ほらやるよ 食べたら消えてくれる?
いや ありがとうなんて言わなくていい
二度と会わないといいな
満腹でしょ? 満腹でしょ?
聞いた私がバカだった
(拙訳)

(※「乞食」は「ゲス」のような意味もあり、金持ちや政治家など行いの汚い人物を比喩している)

 1997にデビューした紫雨林は、インディーズバンドとして弘大のライブハウスを中心に活動、2000年代前半に人気を博しメジャーの場で今も活動を続ける息の長いバンドだ。
 彼らのライブはバックパック旅行を終え、ようやく韓国を訪れたその年の秋に体験することができた。場所は大学路にあった「ジラーホール」。弘大ばかりでなく、演劇の町として知られるこの町にも当時はライブハウスがあった。外国人はネット予約ができず、韓国に来てから永豊文庫(大型書店)の一角にある券売機でチケットを購入したものだ。
 初めて見る紫雨林のライブはサポートメンバーがおらず、キム・ユナの迫力あるボーカルをしっかり体験できたのはもちろん、2.5人編成くらいに聞こえるスカスカなバンドサウンドが潔くて実に良かった。
 その後、ドラマーのク・テフンが弘大で経営していたライブハウス「サウンドホリック」には何度か足を運んだものだが、小箱で演奏しなくなった彼らのライブを見る機会は生まれなかった。他のアルバムも聴いてみたが、私にはあまり合わなかったということもある。音楽にも出会うタイミングがあり、紫雨林はあの時の私だったからこそ響いたといえるかもしれない。
 とはいえ、久しぶりに『乞食』を聴くと、アジアを彷徨っていたあの時の開放的な心持ちを思い出し、今日の寝床がなくても何でもできそうな、ムチャな気分が沸いてくるのだった。

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