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弘大ロックバンド追憶#2

Fiddle Bambi『ママ、トイレ』(2005)

 2005年、アジア旅行から帰った私は東京にいたが、旅しなかった韓国のことが気になりだしていた。教材を買って韓国語を勉強しはじめ、新大久保の言語交換サークルや、高円寺にあった韓国音楽を流すバー「アジール」に顔を出しながら、韓国のバンドを探っていた。韓国の音楽にはまったというよりは、韓国と繋がるための手段としてロック音楽を選んだといえる。

 今ならユーチューブで何でも聴けるが、当時の私はわざわざ韓国からネットショップでCDを取り寄せていた。ちゃんと探せば視聴できるサイトがあったかもしれないが、手に入れたCDをプレイヤーにかけて、初めて気になるバンドの音に触れる。韓国からCDと現地の空気が詰まった箱が届いた時のワクワクはなかなかのものだった。

 クラジクワイ・プロジェクトがヒットしていた当時、日本でも韓国音楽にまつわる情報は十分得ることができた(雑誌やネットで佐藤行衛さんや長谷川陽平さんのクレジットをたびたび目にした)。ウィンディシティやトゥゴウンカムジャの来日ライブも観にいったものだ。

 今から考えても、そうした環境のおかげで韓国のロック事情はある程度把握できていたと思う。ただし、単に情報としてだ。「これが大韓ロックか」と頷きながらデリスパイスやオメガ3を聴いていたものの、好みの音かというとよく分からなかったし(デリスパイスは在韓何年で突然ぐっとくるように。そういう種類の音楽なのだろう)、韓国を代表する×××(ジャンル名)バンド、と言われ手にするが繰り返し聴くことはなく、情報が増えていく自分に満足するだけで終わっていた。

 そんななか何度も聴いた数少ないCDのひとつが、4人組インディーズバンド、フィドルバンビが2005年に発表したファーストアルバム『バンビロックス』だ。

 下北沢にあったアジア雑貨店「アジアンバウンドブック」(店長さんにはよく声をかけてもらったものだが、今は何をされているのだろう)でプッシュしており、ジャケに惹かれ購入。一曲目の『ママ、トイレ』、冒頭の「ジャーン」に思わず痺れた。コード進行も編曲も潔いほどシンプルで、演奏にバンドの喜びがあふれている。かわいらしい曲とは不釣り合いなほどブリブリに歪んだギターもいい。私もエレキギターを初めて手にした時の興奮を思い出さずにはいられなかった。

 その年の冬頃から短期の韓国旅行を繰り返した。目的地はもちろん、バンドシーンの中心地・弘大(ホンデ)だ。フィドルバンビのライブもぜひ見たかったが夢はかなわず、彼らはファーストアルバムだけ発表して活動停止していた。

 彼らのようなモダンロック(2000年代の韓国では、パンクやメタル、ハードロック以外の激しすぎないロック音楽をこう呼ぶ)を演奏するバンドは、弘大のライブクラブ「BBANG(パン)」に出演することが多い。2006年の3月頃だろうか、私も直接パンに行き、今月のライブを告知するフライヤーをゲットしたところ、そこにフィドルバンビの名を発見する。

 喜び勇んでその日パンに向かうも、彼らの出演はない。なんとそのフライヤーは、昨年3月のものだったのだ。そんなの大事に配布するなよと思ったが、これは印刷物による告知がまだ行われていた時代の韓国ライブハウスにありがちな出来事だった。

 フィドルバンビは知る人ぞ知るバンドとして弘大の音楽好きに愛されていたようで、ピギビッツは彼らの曲をカバーしている。その後のメンバーの足取りはわからないが、2013年ごろに某レーベルを訪れた時、社長から「彼もバンドをしていたんだよ」と紹介を受けたデザイナーが、偶然にもフィドルバンビのドラマーだったので驚いた。こうした街の狭さは、間違いなく弘大の魅力のひとつだった。

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