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最近のこと

本を読んだ。ワクチンを打った。ずっとくりかえし同じ歌を聴いていたら思いつく場面があった。たとえばそれは、俺でもあの子でもアイツでもない誰かと誰かで、ただ俺とは関係のないことを会話している。ベケットの「ゴドーを待ちながら」みたいに何かを待っている「誰か」たちだ。俺はいいたいことがあるくせに何をいいたいのかは自分ではわからず、そのためにこうして突然誰かと誰かが頭で会話しはじめるのだ。いいたいことは遅れてやってくるので、その会話のどこの部分を、一体誰にいいたかったことなのか、それがいつもわからない。


また本を読んだ。年末調整の書類がきた。落ちている葉っぱを見て、秋だなと思う。だがこれまでも何枚か落ちていた。落ち葉を何枚見つけたら秋だと思うのか考えた。落ち葉を数えている人なんていない。季節に鈍感になっているような気がした。もとから鈍感なのかもしれない。季節に敏感になるため、俳句を作ろうと思ったが難しかった。ただ歳時記は、読んでいるだけで面白い。「星月夜」はゴッホの絵で有名だが秋の季語だとは知らなかった。落ちている木の葉を数えなくても植物の匂い、渇いた空気、冷たい風、季節を思い出させるものを思い出していく。


さらに本を読んだ。「俺を馬鹿にしたやつを一生許さない」俺も、誰かに優しくできる俺も、俺だから、俺は俺でいい。ザマアミロ世界も、素晴らしいな世界も、絶対に捨てない。社内報がずっとコラムを募集している。頼まれない限りやらないように思っていたが、その記事を書いている部署はずっと困っているようだ。ならば俺が12冊の本(12ヶ月分)のレビューを書いて、毎月一つあげてもらうことにしたらどうか。金をもらわない代わりに恩を売るのだ。いくらでも書ける。国語の授業っぽいレビューなら太宰治「ヴィヨンの妻」、カフカ「変身」、尾崎翠「第七官界彷徨」、芥川龍之介「河童」、家族に向けたレビューなら、フランクボーム「オズの魔法使い」、ケストナー「動物会議」ヴェルヌもいい。お芝居ならチャペック「ロボット」とかはどうだ。詩集なら萩原朔太郎、石垣りん……現代の人の本もいい。歌集ならやはり笹井宏之さん「えーえんとくちから」木下龍也さんもすごく今の人向きだ……現代文学なら、読みやすくて、とっつきやすくて、それでいてまだ手を伸ばされていない、会社の人が読まなそうな、福永信さんや海猫沢めろんさんとかにしよう、エッセイなら絶対荒川洋治さんがいい。考えただけであっという間に12冊では足りなくなった。


合間に続けて本を読んだ。新しく積み立て定期預金を作ることにした。家族と円満に絶縁する方法を調べた。そんなものはなさそうだった。たくさんの秋物を箪笥から出してクリーニング屋にだした。時計屋さんに腕時計の電池交換をお願いした。二週間以上かかるという。その腕時計が再び動き始めるとき、すぐ俺の腕に巻かれるわけではない。お店からお店に移動している時間、俺の腕時計は誰にも時間を伝えず箱の中にある。なんだか不思議に思った。そこの時間は電池交換代に含まれていないことになる。電池交換代とは一体何の値段か。時間に金を払っているとでもいうのか。こんなことを思うのは俺だけか。


することがないのでさらに本を読む。最近毎日のように出社している。大阪支社から本社に異動してきたほぼ同世代の社員と話をしていたら大阪支社に行きたくなった。京都の近くに住んでみたい。東京でなくても本は読めるし小説も書ける。東京には、俺と会ってくれる人はいるが、俺に会いたい人はそんなにいない。次の人事考課で希望するだけしてみることにした。俺は生きている範囲が狭い。生きている場所も狭い。ただただ生きている期間だけが伸びていく。サボテンに遠くの名前をつけている場合じゃない。


暇ができたら本を読んだ。髪を切った。藤田嗣治さんのような髪型と丸眼鏡で会社に行くと、上司に「アーティスト以外の何者でもないな」といわれた。どんぐりみたいだな、とも言われた。俺は何物かになりたいはずだった。形だけアーティストになっているのは情けないような気もした。どんぐりの背比べとはまさに俺と、形だけ真似したその他と大勢のことではないか。俺もそいつらも(どいつらだ)、所詮どんぐりなのだ。笑う。自分で自分を笑う分にはいいが、笑われるのは腹が立つ。俺はどんぐりではない。俺は俺以外の何者でもない。小説を少しだけ書く俺だ。詩も書いた。短歌も作った。個人誌の編集も少しだけ進んだ。選挙の知らせが届いた。久しぶりにネクタイをした。クールビズがもうすぐ終わる。それも季節の一つだ。久しぶりついでに酒も飲んだ。そしたら全俺が泣いた。馬鹿らしかった。陳腐なメロドラマよりもずっとチンケで、ショートコントの嘘泣きみたいな涙だ。嘘ならよかった。何に泣いたのか。全部の俺が泣いた。ウィスキーは甘かった。冷たかった。うまかった。


これが最近の俺だ。

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