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【夢小説 011】 夢肆位「飛行機と半券(3)」

浅見 杳太郎ようたろう

 このフロアには、シートが、朝礼できをつけ・・・・をする生徒みたいにきちっと並べられていた。

 リクライニングがきく上等なシートで、真っ白な革張り。隣との間隔も充分で、足も伸ばし放題だから、すごく座り心地がよさそうだ。

 そして、その各々の座席の前には大きな液晶のテレビが備えられていた。薄型のとても高そうなやつだ。そこに映っている映画も、子どもの好きそうなファンシーなキャラクターが飛んだり跳ねたり歌ったりしているもので、とっても観たくなる。

 はっきり言ってすごく観たい。

 そのキャラクターは「モゲラモゲラ」と愛くるしく甲高い声で鳴いていて、我慢できないくらいかわいいのだ。

 シートをのぞいてみると、伯爵からチケットをもらった子たちが数人、満足そうな表情で大きな液晶画面に見入っていた。

 通路にはさっきのネズミだか、また違うネズミだかはわからないけれど、とにかく大きいネズミたちが忙しそうに立ち回っていて、シートに座るお客さんたちをまめまめしく接待していた。ジュースを持って行ったり、お菓子を運んだり、至れり尽くせりだ。

 ここはまるで天国みたい。

 欲を言えば、ネズミたちが臭くなければいいのだけれど。でも、他の子たちはまったく気にならないようすだ。妹の方をふり返ると、指をくわえて映画を観たそうにしている。

 ぼくも観たい。すっごく観たい。

 映画観ようか、とぼくが聞くと、妹はうんと元気よくうなずいた。羊もつき合って一緒にシートに着いてくれた。映画では相変わらず、「モゲラモゲラ」とにぎやかだった。ネズミたちは臭いけれど、かいがいしく世話してくれる。ぼくらは何もしなくてよかった。ただ映画を眺めて、運ばれてくるジュースを飲んだり、ポテトチップスを食べたりしていればよかった。

 映画が終わった。

 するとすぐまた同じ映画が上映され始めた。ぼくは、ああ、なあんだ同じか、と思って、妹を連れてこのフロアを出ようと思った。何だか少しおしっこもしたいし。

 でも、妹はぼうっとスクリーンを観たまま立とうとしなかった。「ほらっ」と、ぼくが手を差し伸べても握らなかった。目も向けなかった。いつもは向こうから甘えて手を握ってくるのに。目を見ると、本当に映画を観ているのか疑わしくなるくらい、ぼんやりとした感じの瞳をスクリーンに向けていた。よだれだってだらーんだし。他のシートをうかがってみると、他の子たちもだらーんだった。

 今気づいたのだけれど、映画を観ているのは子どもたちだけじゃなかった。

 何だか妙なことに、ぼくと同じくらいの背しかないのに、ヒゲが生えていたり、眼尻にシワがあったり、そんな人たちが妹と同じ格好で映画を眺めていて、すごく気味が悪かった。さっき伯爵にチケットをもらった子たちは、まだそのままだけれど、いずれは子どものままヒゲが生えたりシワが増えたりするに違いないんだ。

 きっとあそこ・・・に毛だって生える。ほおずきの実みたいにふくらんできたなくなるんだ。じゃあ妹も、ヒゲは生えないにしたって、シワくちゃになっちゃうんじゃないだろうか。

 それは困る。

 ぼくの方がお兄ちゃんだから、ぼくの方が先にシワくちゃにならなきゃいけないような気がする。ぼくは、羊の方に目をやった。助けてほしいのだ。

「出る?」羊はけろりと聞いた。

「妹がまだ映画を観てるんだ」

「じゃ、置いていけばいいよ。ネズミたちが世話してくれるから心配はいらない」

 ぼくはかぶりをふった。

「ここにずっといるのはおかしいよ。同じ映画をずっと観るんでしょ? つまらないよ。ぼくは妹を連れてここを出たい」

「じゃあ、無理やり連れて行かなきゃね。泣いても腕を強く引っ張って連れて行くんだよ。できるかい?」

 ぼくは、喉をごくりといわせた。かわいそうだなと思った。ぼくはこんな映画、もう飽きちゃったけれど、妹はすごく気に入ったみたいだし。ううんと、ぼくが真剣に悩んでいるところで、また「モゲラモゲラ」と聞こえてきた。

 ぼくは途端に頭にきた。むかっとした。

 こんなモゲラモゲラの鳴き声ばかりが振り子のように反復する退屈な空間で、妹がシワだらけになるのはやっぱり我慢できない。妹を引っ張るのはかわいそうだけれど、ここに置いていくのはもっとかわいそうなことだと思う。少し一人よがりな考えかもしれないけれど、ぼくはお兄ちゃんなんだからいいんだ、と自分を励まして、妹の細い腕を強くつかんで無理やり立たせようとした。

 妹は、ぎゃぴぎゃぴ~とすごい声を出して泣き出したが、ひるんではいられない。もっと力を入れて、通路に押しやり、次の部屋に続くドアの方へと引っ張って行った。

 通路にはネズミたちの悪臭が見えない尾を引いていた。その悪臭にむせたのか、妹は、ぎゃぽがぽおっと、さっきまで食べていたポテトチップスなんかを吐き出しながら、小さい体をいっぱいに使って必死に抵抗していたが、それでもぼくは構わず力ずくで妹の腕を引き続け、そうして、ドアをくぐった。

 ドアをくぐると、また廊下だった。

 妹はこぉんこぉーんと、しばらく咳込んでいたけれど、胃の中のお菓子のかたまりをぬたるりんと吐き出してしまうと、だいぶ落ち着いたみたいで、少しの間は肩で息をしていたが、深呼吸を一つしたら目の色がしっかりしてきた。

 妹がぬたるりんと吐き出したお菓子なんかの黒い塊は、廊下の床にゲル状に留まっていた。

 この気味の悪いゼリーを避けるようにして廊下を進んでいると、ぼくらが出てきた映画の大部屋から、ネズミたちが地鳴りを上げて駈け込んでくるのだ。そして、そのゼリーを取り囲んだと思うやいなや、ぬちゃぬちゃとわれ先に食べだした。そのゼリーが食い散らかされると、途端に悪臭も広がった。ああ、だからネズミたちはあんなに臭いんだ、と納得がいった。

 ぼくらは逃げるように、その場を後にした。廊下を右手に折れ、カミナリ雲のようにモコモコとうごめくネズミたちの黒山も見えなくなると、妹は羊のつぶらな目を見上げて言った。

「わたし、九歳」

 出し抜けだった。羊は少しきょとんとして、それから、自分の両ほほにある白い毛をふわふわ触りながら、ゆっくり応えた。

「そお、えらいね」

 九歳で何がえらいのかはわからないけれど、ぼくもえらいと思った。

 そうして何となく浮き浮きとした気持ちでしばらく歩いていると、次のドアが現れた。

 このドアはさっきの映画の部屋のドアよりももっと低くて、四つんばいにならないと入れないくらいだった。羊は軍手のような両手を地面につけて、四本足になって歩いていった。後ろからそのお尻を眺めている分には、ごくふつうの羊に見えた。羊の毛は真白じゃなくって、案外黄ばんでいるんだなぁと思った。少し黒ずんでもいる。ぼくと妹も羊にならってハイハイしてドアをくぐっていった。

 この部屋の天井は本当に低い。学校の防災訓練で、教室机の下にもぐり込んだ時みたいなドキドキを感じる。狭いところってわくわくする。

 前に伸びる通路を眺めると、この部屋も面積的にはとても大きい空間なのだろうけれど、天井が低いのと、通路の両側から、大きいハチの巣を半分に割ったようなカゴみたいなもので挟まれていることから、とても狭苦しく感じるのだ。

 そして、その狭苦しさがたまらない。ちょっと頭をもたげると、ごずんと天井にぶつかる。ケタタタッと笑いたくなる。すっごく楽しい。部屋がぼやっと薄暗いのもいい。探検しているみたい。秘密基地だ秘密基地、うきゃー。

 ぼくの前を四つんばいで進んでいる羊のふりふりするお尻に顔を埋めてふざけてみる。くせー。羊のケツくせー、ぷはは。

つづく。

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